山陽小野田市について
山口県の南西部に位置し、下関市、宇部市、美祢市と接しています。市北部の市境一帯は、標高200~300m程度の中国山系の尾根が東西に走り、森林地帯となっています。中央部から南部にかけては、丘陵性の台地から平地で、海岸線一体はほとんど干拓地となっています。市内中央部には厚狭川、有帆川が流れ、平地部を通って瀬戸内海に注いでいます。
市街地は、これら丘陵地から平地部を中心に発達しました。この市街地を取り囲むように丘陵の部の里山、河川、干拓地に拡がる田園地帯、海などの豊かな自然のほか、森と湖に恵まれた公園や海や緑に囲まれたレクリエーション施設があり、優れた自然環境に包まれています。
気候
年間を通じて温暖で、降水量の少ない瀬戸内海式気候を示し、住みやすい生活環境となっています。また、市内には山陽自動車道(小野田IC、埴生IC)、山陽新幹線(JR厚狭駅)があり、隣接する宇部市には山口宇部空港があるなど、高速交通網の利便性が高い交通の要衝となっており、産業立地も好条件を備えています。
住まい探し
自然が豊かで、暮らしやすい気候とコンパクトなまち。山陽小野田市は、ちょうどよい暮らしが叶います。
市営住宅
入居者の所得制限がありますが、他市からの転入も可能です。年3回(5月、9月、1月)の募集に対し、希望者が多数の場合は抽選となります。
空き家バンク
国が運営している「全国版空き家・空き地バンクサイト」で、山陽小野田市の住まい情報等を公開しています。
仕事探し
スキルを生かしたお仕事も、新しいチャレンジも!山陽小野田市では、移住後の生活不安を解消する職業相談や創業支援など、フォロー体制を整えています。理想のライフスタイルにマッチする仕事探しをサポートします。
地域職業相談室
- 山陽小野田市地域職業相談室は、山陽小野田市とハローワーク宇部が共同設置している施設です。職業相談や職業紹介のサービスを提供しております。
地域職業相談室をはじめ、山陽小野田市役所、山陽総合事務所、おのだサンパーク、丸久厚狭店等に求人情報誌を設置していますのでご活用ください。
市職員採用情報
市の正規職員や任期付職員、会計年度任用職員の募集情報を掲載しています。随時更新、チェックを忘れずに。
地域おこし協力隊
地域おこし協力隊とは、都市地域から田舎へ移住し、生活拠点を移した方を「地域おこし協力隊」として委嘱します。隊員となった方は一定期間地域に居住し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域の活性化の支援や、農林水産業の従事、住民の生活支援などの「地域協力活動」を行いながら、その後の地域への定住・定着を検討していただきます。
子育て
山陽小野田市は、妊娠・出産から子育て期まで切れ目のない支援で子育て世代を応援しています。
子育て総合支援センター「スマイルキッズ」
子育て世代の誰もが気軽に立ち寄ることができる子育てに関する総合支援センターです。子育て支援をワンストップで見守ります。
- 地域子育て支援拠点事業
子どもとくつろげるプレイスペースを設置。子育てに関する講座を定期的に開催します。 - 子育てコンシェルジュ事業(利用者支援事業・基本型)
子育てコンシェルジュが、子育ての相談、助言、子育てサービスの情報提供等を行います。 - ファミリーサポートセンター事業
仕事や用事などでお世話ができないときに、代理で行う会員同士の有償ボランティア活動の調整を行います。 - 子育て世代包括支援センター事業・ココシエ
妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援のために、保健師による専門的な相談支援を行います。 - 母子保健事業
幼児検診や育児学級、マタニティスクール等の母子保健事業を行い、健やかな子どもの育ちを支援します。 - 家庭児童相談事業
18歳未満の児童・生徒を対象に、特に家庭における問題等についての相談を、家庭児童相談員が対応します。
山陽小野田市の魅力
山や河川、海など豊かな自然に包まれ、美しいビュースポットが点在。公園やゴルフ場、キャンプ場、海水浴場など自然を生かしたレクリエーション施設も充実しています。
また、近代化産業遺産や文化財、数々の特産品があり、歴史や伝統を守りつつ、新しい暮らしを応援する制度を整えています。
住まい探し、仕事探しのサポート、子育て支援など住みやすいまちづくりに取り組んでいます。
歴史・文化
JR厚狭駅南側の丘陵地にある4世紀後半の地域首長の墓である長光寺山古墳は県下を代表する前方後円墳で、大和政権から贈られた仿製三角縁神獣鏡など貴重なものが多数出土したほか、5世紀前半の女性の墓とみられる妙徳寺山古墳からは貴重な勾玉、管玉などが出土しています。
また、6世紀になると市南部の竜王山周辺は須恵器の一大産地となりました。
関ヶ原の戦い後、厚狭南部の領主となった厚狭毛利氏が居館を設け、山陽道が通っている厚狭は宿場として栄えました。
明治維新後、本市は工業都市としての道を歩みます。明治14 年(1881年)、国内初民間セメント製造会社が設立、続いて、国内でも早期に設立された民間化学会社が誘致されました。
大正時代にも製薬会社の工場や国内初の民間火薬製造会社の工場が造られるなど、本市は日本の産業近代化の先駆けと言えます。同時に、石炭産業や硫酸瓶などの製陶業も隆盛を極めました。
現在も県下有数の工業都市である本市では、須恵器、セメント、硫酸瓶を製造した窯業の歴史を踏まえ、ガラスを用いた新たな文化を創造し、「現代ガラス展」を開催するなど全国へ発信することで、「ガラスアートのまち」としての魅力づくりに取り組んでいます。
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