移住者プロフィール
菅 彰浩さん
移住時期
2018年4月
出身地:兵庫県宝塚市、前住所:東京都、現住所:兵庫県西宮市、職業:「斎藤塗料株式会社」取締役
目次
INDEX
大好きな趣味を仕事に。理想と現実の間で、周りとの実力の差に気づく
幼少期の頃から漫画やアニメ、ゲームをするのが好きだった菅さんは、家業に就く前は、ゲームをはじめとしたエンターテイメント事業を行う会社でゲームプロデューサーとして働いていた。
好きなことを仕事にやりがいのある日々を送っていた菅さん。当時のことを菅さんはこう回顧する。
「僕が入った時はいわゆるモバゲー時代。商品作りも携帯電話向けのネットゲームを中心としていたので、なんとか仕事のペースもついていけました」
しかし時代とともに変化していくゲーム業界で、段々求められるクオリティーも、よりコアなゲーム好きな人に向けたものへと移り変わり、次第にゲーム業界で生きていくことに限界を感じてきたという。
目まぐるしく、変化を求められる都会での生活に疲れ始めていた菅さん。その頃今後の子育て環境についても考えるようになり、家業に戻ることを考え始めていた。
職場の先輩に相談すると、「お前は家業に戻る運命だし、未経験の領域で挑戦することが得意だから頑張れ」と背中を押されたのだそう。
新規ゲームに携わり社長賞を受賞できたことで、「この仕事はやりきった」という思いもあり、8年在籍した会社を退職し、家業を継ぐ決断をした。
こうしてUターン移住を決めた菅さんだが、母親には特に相談もせず、事業を承継することに踏み切ったのだそう。そこに至った経緯や当時の想いを聞いてみると、確かな信頼関係で結ばれた親子の絆が見えてきた。
次期社長を引き継ぐ覚悟を決めた理由
「そろそろ帰ろうかなと思うんだよね」
東京で暮らしていた息子からのUターン移住を意味する一言。つまりそれは、菅さんなりの「事業承継」の決意の表れでもあった。
菅さんの母であり、代表取締役であった由美子さんは、息子が30歳を過ぎても「家業を継いでほしい」という想いを伝えることはせず、時が来るのを待っていた。言うまでもなく息子に精神的な負担を与えないためだ。
もう実家には帰ってこないと半ば諦めていたのだろう。それが孫を連れて帰ってくると聞いた時は、内心うれしかったに違いない。
移住後すぐに事業承継を行ったが、そのときのことを菅さんはこう回顧する。
「社長は決して保守的な考えではないので、今までのやり方を絶対に守らなきゃいけないとか、古い物を崩して新しいことを取り入れることに関して、否定的なことをいう人ではありません。そういう意味では社長との関係で悩むことはなかったので助かりました」
経営者として部下の新たなチャレンジを応援する「上司」として、そして母親として2つの立場を持つ由美子さんは、息子が社内でも窮屈な立場にならないように、温かく優しい眼差しで見守っていた。
この距離感こそが、菅さんにとってはベストであり、思い切った事業展開を実行できる、強みとなったのだ。
BtoBからBtoCへ。客層変化のために始めたSNS。塗料業界を盛り上げる為に仕掛けた数々の手法
サイクロンスプレーの誕生と自社のCM作り
菅さんが事業承継後行った、新たな事業展開についてお話を伺った。
菅さんが事業承継してからまず取り組んだのは、SNSの運用を開始したことだった。その中でも大きく3つの転機があったという。最初は、サイクロンスプレーの販売だ。
この商品は、企業用に開発・販売していた自社の製品「サイクロンプライマー」(下塗り用接着剤)を、「スプレー状にしてほしい」との顧客の要望に応え、『サビない、はがれない、サイクロンスプレー!』として生まれ変わらせた。
2019年7月に販売を開始したが、売り上げは何か月もゼロの状態。そこで危機感を持った菅さんは、同じ「サイトウ」の名字であるタレントの「斉藤兄弟」が芸能生活20周年を記念して、「どんな依頼も“1人3110円”でお受けします」というキャンペーンを知り、オファーを行い起用したCM作りに取り組んだ。
事業継承後は主戦場をTwitterに移し、地道にSNSの運用をしていた菅さん。従業員達は冷ややかな様子で見ていたが、このCMを見て「斎藤塗料すごい。神対応してくれた」など良いコメントを頂けるように。
そのことを社内の掲示板に貼り付けたことで、周りから良い反響が出始め、徐々に社内の空気も変わり売り上げにも貢献。菅さんの考えに理解を示してくれる人が増えていった。
コラボキャンペーン
2020年3月には、元々塗装に関心の高い2万フォロワーを持つ「塗料屋@サンライズ」のアカウントで、サイクロンスプレーのプレゼントキャンペーンを開始。
コラボレーションしたきっかけについて、一緒に塗料業界を盛り上げてくれる人がいないかなと思っていた時、先方から声をかけてきてくれたと話す。
その結果、Amaonの商品ページのレビュー数が増加。2か月後には評価が高い商品に付与される「Amazon's Choice」に選ばれ、塗装用プライマー部門で売れ筋商品にランクインした。
また、立て続けに複数のYoutuberに商品を紹介され、中でもチャンネル登録者数12.4万人の「車の板金塗装レストアGT Painting Restore GT」では、6万回以上動画が再生。
その影響は売り上げの向上、新たな顧客獲得へと繋がった。
ウレヒーローの手袋動画の投稿
更に斉藤塗料の快進撃は止まらず、2021年11月末には、斉藤塗料の製品「ウレヒーロー」をゴム手袋に塗装した動画がSNSで大きく話題となった。「ウレヒーロー」とは、業務用に販売されていた商品を、フィギュアやコスプレ造形など趣味で使う軟質パーツとして、一般家庭でも使用できるように改良した特殊塗料である。
翌年3月上旬からは、ホビー用塗料としてウレヒーローの一般販売も開始した。
ゴム手袋にウレヒーローを塗装した動画は、1000リツートを越えインプレッションも49万という驚くべき結果を出し、社内でも盛り上がりを見せた。
「この動画を投稿した時は、誰に向けて発信したら良いのか明確にターゲットがあり、その人達が何をしたら喜ぶかを考えながら作った。弊社としては、大きく躍進するツイートであり、企業向けに製造していたBtoBの塗料メーカーが、一般ユーザーtoC向けへ、自社サイトで販売するきっかけとなりました」
今でこそ軌道にのっているSNSの運用だが、始めた当初は、未開拓なところに新しい種まきをする作業が、思った以上に大変でつらかったと吐露してくれた。
「塗料に詳しい人間が、ホビー向けの塗料を販売しているので『ホビーに関する知識は少ないですが、パーツの素材について化学的な側面から返答できます』という定位置で運営し続けています」
菅さんは、SNSをする際単なる広告としての役割ではなく、フォロワーとの関わりを大事にしフォロワーの数よりもコミュニケーションの質や、熱量に重きを置いているのだ。
菅さんがSNSで成功したのは、自らの立場を理解し、フォロワー1人1人の要望に、誠実かつ素直に応えてきたからこその結果なのだろう。
働き方改革
自社の製品に対するアプローチを仕掛け続けた菅さんが、次なる改革の先に選んだのは、会社全体のワークシステムだ。
「社内のコミュニケーションの手段がいまだに「FAXでのやりとり」が主流となっていることで、不必要なコミュニケーションロスが発生していることを実感していました」当時のことを、菅さんはこう振り返る。
そこで書類をペーパーレス化するために、作業を簡素化するのではなく、働く人の意識を上げることや、取り組みの無駄を省くために社員の意識改革から始めたのだ。
ツールに頼る前に、働く人のモチベーションとコミュニケーションを大事にする
「そもそも手法から変えるのは好きではなくて、how(どうやって)よりも前に変えることがあるべきだと考えます。
例えば在庫管理を徹底することや、 社内での大事なやり取りを紙やホワイトボードに書いて整理をする際、 必要なコミュニケーションは、メールやチャットを通してではなく、当人同士直接顔を見て話すことを大切にしています。
これらを実行することにより、今までの働き方のリズムにも変化が起き、業務も合理化されていくと確信しています」
と、菅さんは力強く語ってくれた。
更に、社内でも世代に関わらず誰でも意見が言いやすくなるように、3ヵ月に一度総務部長と一緒に目標設定・目標の進捗状況・フィードバックに対する従業員への面談を行っているのだそう。
「面談を通して、運送費の問題に気付くことができたのは大きなメリットでしたね。新しいシステムを導入する前に、今までバラバラになっていた運賃形態を整理して、顧客も社員も分かりやすくなるように、統一したものを作ろうと動いています」
業務のローテーション
社員全員、自分の持ち場以外の業務も経験するために、「業務のローテーション」という仕組みを取り入れるようになったのだそう。それまでは、自分の担当業務以外に欠員が出ても助け合うのが難しかった。
それは決して仲間同士助け合わないのではなく、単純に助け方が分からなかったと菅さんは話す。こうした改革に対して古株社員にとっては急務な改革には受け取ってもらえなかったが、コロナで突如、一週間人員が減ってしまうことがあり、そのようなリスクを回避するためには必要であることを説明し、理解してもらえたという。
菅さんは従業員に対して、決して自分の考えを押し付けることはせず、働きやすい環境作りをするためにはどうしたら良いか、従業員の温度に合わせた本質的な改善について、常に模索する日々を送っている。
山と海に囲まれた最高な子育て環境と家族との幸せな時間
東京で仕事をしていた時と比べて、移住してから生活にどのような変化が起きたのかを伺うと、
「以前は休日出勤も時々あり、家族と過ごす時間がどうしても限られていましたが、移住後は以前より早く帰宅できる環境になり、明らかに子どもとの時間が増えました。しばらくは子育てに追われていましたが、最近、継承者仲間からキャンプのお誘いを受けテントを購入しました」
家の目の前でテントを広げ、コーヒーを淹れたり外でご飯を食べたり、子どもが楽しんでいる様子を見ると「やっぱり移住して良かったな」と思うのだそう。
新たな塗装の可能性を目指して。業界のタブーを打ち破れ。
最後に今後の展望について伺うと、力強い言葉が返ってきた。
「弊社の強みはニッチなものに対して作りきる技術力と、対応力だと考えます。技術的に困難なことでも諦めず、高い壁を超えていくことに企業の価値を持ちたいです。
今後は既存のものを更にバージョンアップさせるために、コスプレを造形している方と一緒に塗料を作ったり、今では考えられない業界の常識をぶち破っていきたいですね」
菅さんは、働く上での基準として「自分が夢中になっているかどうか」を大切にし、常に自問自答しているという。
頭で考えるより、まずは実践してみるー。
理屈は二の次で勇気をだして一歩踏み出す。その先には塗料業界の新たな可能性と、今後斎藤塗料を引っ張っていくであろう人財が、立派に成長していく明るい未来が見えるようだ。
今までの経験や知識を最大限に活かし、異業種の門をたたいた青年は、業界の常識を覆し続ける。更なる高みを目指して、これからも菅さんは走り続ける。