移住者プロフィール
山本 ちひろさん
移住時期
2021年
出身地:兵庫県加西市、前住所:大阪府、東京都、現住所:兵庫県神戸市
目次
INDEX
「ザ・優等生」街道をひた走った幼少期
「1時間に1本電車が来るような田舎町で育ったので、広い空と山々を見ると落ち着くんです。今も明石大橋が見えてくると、“あ、帰ってきたな”ってホッとしますね」
そう語る山本ちひろさんは、兵庫県加西市に2人兄妹の長女として誕生し、周囲を山々に囲まれた田舎町の大地を駆け回り、幼き頃から大自然を愛でる心を育んだ。
「自然児であり、いわゆる“ザ・優等生”でもあった」
と当時を懐古するように、ご両親の教え通り勉学に励み、自ら進んで学級委員や生徒会を務める積極性も持ち合わせていたため、周囲をまとめ上げる役割を担うことが多かったという。
「中学生くらいまでは、周りを喜ばせたいという気持ちが大きかったのか、“私が引っ張らなきゃ”と無意識に思っていた節がありました。今考えると、少し気負いすぎていた部分もあったかもしれませんね」
と、丁寧に言葉を紡ぐ様からも、周囲の雰囲気を察知し、相手の気持ちを慮る彼女の人柄が垣間見えた。
「就職活動」が人生のターニングポイントに
高校卒業後は、大阪の大学に進学。
経営情報学を専攻するも、「なんのために学ぶのか」という自身の問いに対して、納得のいく答えが見出せず、向かうべき方向性が不透明なまま時間だけが過ぎていったという。
その後も明確なキャリアビジョンは描けぬまま「右にならえ」とばかりに就職活動をスタートさせたが、この“就職活動”こそが、彼女の人生の“ターニングポイント”を引き寄せることになるー。
就職活動を奏功させるためにまず彼女が力を注いだことは、志望企業や業種を絞り込むべく、「企業研究」、「業種研究」に励むことだった。
「これほどの企業や業種が存在するということを認識できたのは、就職活動をしたからこそだと思います。
様々な会社を訪問する中で『デザイナー』という仕事があることを知り、興味を持って深く調べるうちに、『この仕事をしたい』と強く思うようになりましたから。
大学で経営情報学を学び、プログラミングの基礎は一通り学んできたので、その知識を『デザイナー』という仕事に活かすことはできないものか、と考えました。
こうして行き着いたのが、『ウェブデザイナー』というお仕事です」
夢の実現に向かって
思わぬ形で出会えた「夢」の存在に心は大きく突き動かされるも、当時の彼女は専門学校に通っているわけでもなく、ましてや就職活動を奏功させなければならない立場に置かれていた。
一度実家に戻るとなると、必然的に親にサポートを強いることになってしまうと考え、自身で稼いだお金でデザイナーの専門学校に行くことを決め、当初の予定通り、就職することを決意。
新入社員として、飛び込み営業やテレアポなどの仕事をこなす傍ら、退勤後や休日を利用して専門学校に通い、デザインソフトの使い方をはじめ、ウェブデザイナーになる上で必須となるスキルの習得に励んだという。
ハードな日々のその先に「夢」を実現する未来が広がっていると信じ、彼女は努力を重ねた。その信念は見事花開き、大阪と東京に拠点を置くウェブ制作会社で、念願の「ウェブデザイナー」として、歩みを進めることになる。
根底にあり続けた「地域に関わる仕事がしたい」という想い
「加西市は、“農業と工業の街”と言われているけれど、三木市でいうところの“刃物”のように、ずば抜けた産業があるわけではないんです。
だからこそ、土地としての魅力を向上させることができれば、加西に残りたいと思う人、また新たに加西に住みたいという人が増えてくるのでは、と考えるようになり、地域サービスに関心を寄せるきっかけとなりました」
大阪での日々は充実そのものだったというが、根底にあり続けた「地域に関わる仕事がしたい」という“想い”が更なる高まりを見せたのも、この頃だったという。
時を同じくして、「日本各地の素敵な地域へ行く人が増えて欲しい」という想いから誕生した、『おてつたび(お手伝いをしながら、知らない地域を旅する)』というサービスを友人が始めたことを知った彼女は、企業理念に深く賛同し、『おてつたび』が本社を据え置く東京に拠点を移すことを思案するように。
以前から、地域サービスへの活動意欲を共有してきた上司の理解のもと、2018年に上京し、「ウェブ制作会社」と「おてつたび」のデザイナーとして、二足のわらじをはく日々をスタートさせた。
言語化できないその土地の魅力を、デザインを通じて伝えたい
「昔から、何かを組み立てる“パズル的な要素”があることを好む子で、高校生の時に所属していたダンス部では、演目の構成を考えたりもしていました」と、山本さん。
星の数ほどある職業の中で、「デザイナー」という仕事が、なぜそれほどまでに彼女の心を揺り動かしたのかを尋ねると、追憶のスケッチをなぞるように、当時の心境を回顧してくれた。
「周りのみんながどんどん加西を離れていく。その光景がものすごく寂しいものに思えて、今でも自分の中に色濃く残っているんです。
『加西の魅力はどこですか?』と聞かれても、言葉で表現するには抽象的すぎて難しい部分もあります。
そうなった時に、“デザイナーの思考があれば、言葉に落とし込むことができない魅力を伝えられるのではないか”と、思ったんです」
と、故郷への“想い”がデザイナーを目指す“きっかけ”となったことを吐露してくれた。
加西の発展に繋がるならば、“あえてUターンしない”という選択肢もー
現在は、故郷と同県の兵庫県・神戸市にあるデザイン会社に勤務し、デザイナーとして、地域ブランディングや全国の伝統工芸の商品プロデュースに携わっているという。
兵庫県に根付く伝統地場産業の素晴らしさを伝えるべく、2011年に新たなブランドを展開した同社への転職がきっかけとなり、2021年にJターン移住を決意したのだとか。
将来的には、故郷・加西市へのUターンを考えているのかを尋ねると、
「“地域との関わりを繋ぐために“自分に何ができるのか”をずっと考え続けてきました。だからこそ、加西に戻るべきかの答えはまだ出ていないんです」
と、思考の目録をゆっくりと辿るかのように、慎重に言葉を紡いだ。
デザイナーとして、加西にどのように関わることができるのか。現時点で2パターンの選択肢が、彼女の中に浮かんでいるのだという。
「1つは、しっかりと地域(加西)に戻り、地域の方と一緒に仕事を創り出し、デザインをすることで関わるパターン。もう1つは、加西市の経済を回し、地域の発展の一助になるべく、“あえて地域に戻らない”という選択。
地域創生で、“風の人・土の人”という例えがありますよね。
土地に根付く“土の人”は、すでに加西に結構いてくれてるんですよ。
だから、私はあえて“風の人”になって、外にいるからこそ見える加西の良さを、デザインを通じて伝えるのがいいかな、と、今時点では考えています。
デザイナーとしてどこまで力をつけられるかによって、今後の道筋はまた変わってくるかもしれませんね」
加西の長期的な発展のためには、地域の中に入ることだけではなく、あえて外の世界に身を置き、地域を俯瞰して見る立場も必要だと考える彼女。
自身のライフステージに合わせて故郷に戻るのではなく、加西の置かれている現状に合わせて自身の身の振り方を考えようとする姿に、故郷・加西への深い愛が伝わってくるようだった。
加西市が取り組む、子育て支援「5つの無料化」
兵庫県の南部に位置し、市内には、「加西フラワーセンター」や「古法華(ふるぼっけ)自然公園」、「五百羅漢(ごひゃくらかん)」などの多数の観光スポットを有する、“自然と歴史が融合するまち”兵庫県加西市。
「子育て世代にやさしいまち」を目指す加西市では、子育て世帯の経済負担を軽減すべく、令和4年度から子育て応援「5つの無料化」を実施(詳細は加西市のHP参照のこと)しており、Instagramの「加西市子育て応援アカウント」でも、暮らしにまつわる情報を日々発信している。
- 保育所・認定こども園の保育料の無料化(※所得制限なし、以下:同)
- 全保育・学校施設の給食の無料化
- 乳幼児・こどもの医療費の無料化
- 乳幼児を養育する世帯にオムツ等の無料化
- 病児病後保育の無料化
引用:“ただのまち”加西の子育て応援「5つの無料化」(加西市HPより抜粋)
生活の利便性と豊かな自然の恩恵の両方を享受できる環境を武器に、“イナカとトカイのいいなか”『イーナカサイ』というシティプロモーション冊子を作成し、子育て支援や移住・住宅支援の各種サポートを紹介するなど、積極的な取り組みを行っている。
「地域特有の雰囲気や人の優しさはそのままですが、ここ数年で私の地元も大分変化を見せています。ゲストハウスや新しいお店もどんどん増えてきて、月1でしっかりイベントも行っているんですよ。
市をあげて子育て支援にも取り組んでいるので、少しずつ若い人も来やすいまちになっているかな」と、山本さん。
変化を遂げる兵庫県加西市に、熱視線が集まりそうだ。
しっかりと売って継続させるところまでがミッション。プロダクトを作れる人を目指したい。
デザイナーとして、“いかにリアルの熱を冷まさず温度感を伝えられるかを大切にしている”と、話す彼女に、今後の目指すべき“在り方”を問うと、「まずはしっかりとプロタクトを生み出せる人になりたいです」と、朗々と言葉を紡いだ。
「“作って終わり”が往々にしてあるデザイナーの世界ですが、今ちょうど取り組んでいるお仕事では、お金の計算や、接客にも携わっています。
今までも、“お金の流れを理解してはじめて、責任をおうということをようやく自分のものとして認識することができる“と、頭では理解した気になっていましたが、やはり“実際に体感する”のとでは、訳(わけ)が違いますね。
例えば、ある商品を作るにあたって、会社と職人さんが“相互に”利益を見込める案件であるかを考えることは大前提ですよね。でもそれだけでは不十分で、抱えることになる在庫数や、先の投資にいくら必要になるかまでを割り出した上で、自信を持って提案する能力を求められます。
私自身、『しっかりと売って、それを継続させるところまでがミッション』だと思っていますが、今後どれだけ理解を深められるかは、“体験を通じて得た感覚から、いかに逃げずに戦えるか”にかかってくると思います」
未来の自分との出会いに一番ワクワクしているのは、他でもない彼女自身なのではないだろうか。
経験の積み重ねは、思考を形づくる“財産”であり、本当の“豊かさ”ー。
自分が感動したポイントを、次世代へ伝えたいーー。
科学技術の発展により、自宅にいながら欲しいものが何でも揃う“デジタル化の恩恵”を享受している私たち。
暮らしが便利になる反面、自身の元に届けられる“モノ”がどのような工程を経て作られているのか、知らずに利用している人も多いのではないだろうか。
彼女自身も「今まで知らずに生きてきたことの多さを、最近特に痛感している」と語っており、便利な時代に生きているからこそ、物事の“過程”を知る機会を持つことに価値を見出すようになったのだとか。
「作っている場面を小さい時に見られるって、何ものにも代えがたい経験になると思うんです。だから、いつか自分の子どもを持ったとしたら、職人さんや農家さんのところに連れて行って、実際に作っている場面を見せたいですね。
私自身、経験の積み重ねは自分にとっての“財産”になっているし、思考の“軸”にもなっていると感じています。
それが私にとっての『本当の豊かさ』だと思っているので、(過程を経験することで)感動したポイントは、自分の子どもだけでなく、次世代にしっかりと伝えていきたいと思っています。なんだか大層なこと言ってますけど(笑)」
と、花が咲くように笑った。
昔のイメージのまま戻らず、新たな良さを発見する気持ちで変化を楽しんで
これからUターン移住を検討している方に向けてメッセージをお願いすると、
「昔の地元のイメージが自分の中に定着したまま、Uターンする方も多いかもしれません。でも、離れている年数が長ければ長いほど、色々と変わってくるものです。昔のイメージのまま戻らず、新たな良さを発見するくらいの気持ちで、変化を楽しんでみると面白いかもしれませんね」
と、故郷を離れ、外の世界を見たからこその言葉を寄せてくれた。
たおやかでありながら強い意志を秘める、“凛”とした魅力を持つ山本さん。
経験に伴う感覚の“変化”を楽しみながらも、自身の根幹となる“座標軸”はブレずに持ち続ける力強さは、「流れる」という“目的”こそはっきりとしているものの、その流れ方に一定の形を設けない、“空行く雲”や“流れる水”を思わせるようだった。
「加西市の発展のためになるならば、あえて地域に戻らない選択もあり得る」と、故郷への深い想いを示してくれた彼女は、どのような関わり方を選択するのだろうか。
その選択がなされる未来を、この目で確かめてみたいと感じた。