移住者プロフィール
佐藤 仁美さん
前住所:東京都、現住所:山梨県南アルプス市、職業:ヨハクのオーナー
目次
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幼少期から持ち合わせていた探求心と、想いを形にする行動力
「興味を持ったことに対してとことん突き詰めるのは、“今も昔も変わらずずっと”ですね」
そう語るのは、『ちびまる子ちゃん』の舞台としても知られる、静岡県清水市(現・清水区)に生まれ育ち、3年間南アルプス市芦安地区の“地域おこし協力隊員”と“会社員”の二足のわらじで活躍してきた、佐藤仁美さん。今年3月に地域おこし協力隊を卒業し、芦安で新たな挑戦を開始した。
幼少期から好奇心旺盛であったといい、心を動かされたことへの探求心のみならず、それを突き詰めるだけの行動力も持ち合わせていたという。
中学校の授業で英語に触れたことを機に、英語を学ぶことの面白さに魅せられたという佐藤さん。当時の地元には、あいにく英会話を学べる環境は用意されていなかったというが、「学ぶ機会は自分自身で作るもの」と、たくさんの映画を通じて英語に触れる機会を設け、その魅力にますますのめりこんでいったという。
現状できうる勉強を重ねた結果、高校卒業後、アメリカ中西部のネブラスカ州の大学へと歩を進めることになる。「英語を学びたい」という一人の少女の“想い”が、“行動力”という唯一無二の武器を携え、国境を越えたのである。
元々日本の文化や伝統に興味を抱くタイプではなかったという彼女だが、4年という月日をアメリカで過ごす中で、母国への想いに変化が生じたのだとか。
「現地の人に、日本のことについて質問を受ける機会が度々ありましたが、“母国のことなのに知らないことばかりだな”と感じることが多かったんです。改めて調べてみたところ、長年島国で培われてきた日本の文化や伝統はとても興味深いもので、誇らしいとさえ感じました。そして何よりも米国にいて痛感したことは、“シンプルに日本の食べ物は美味しい!”ということです(笑)」
生まれ育った日本を離れ、外の世界から俯瞰して自国を眺めた結果、「思うままに気持ちを表現できる言語を使える場所に身を置きたい」という自身の“想い”に気がついたという。
自身の歩み方を決められるのは、他の誰でもない自分自身だー。
彼女は自身の心に従い、母国・日本への帰国を決意した。
“会社”という後ろ盾なしに、自分自身で何かを生み出してみたい
帰国後は東京に拠点を置き、地図制作会社、旅行代理店を経て、人材育成コンサルタント会社に就職。「仕事ができる人」がしているコツを誰にとってもわかりやすく伝えることで、働く人の幸せを向上させることを目指す人材育成会社での日々は充実しており、企業やそこで働く人の成長に関わる仕事には、やり甲斐も感じられるのだという。
「会社の方たちは本当にいい方ばかりですし、とても働きやすい環境で恵まれています」と話す佐藤さんに、充実そのものに思える環境から、移住を考えるに至ったきっかけを尋ねた。
「知識豊富な尊敬できる方たちと一緒に働き、“カタカナ言葉”もたくさん使えるようになったことで、自分では賢くなった気でいたんです。でもそのうちに、“私って、人間としての根源的な成長はできているのだろうか・・”と、だんだんと思うようになっていきました」
充実した日々を送る一方、どこか空虚感にも似たような説明のつかない想いは、燻り続けていく。逃げることなく自己対峙した結果、会社という後ろ盾なしに、『自分自身で何かを生み出してみたい』という想いに行き着いたという。
「自分で何かを生み出したいというと、“起業”を連想する方も多いと思います。でも、私の場合は当初そこまでの明確な思いはなく、とにかく自分の『当たり前』が通じない環境に飛び込んで、何かゼロからやってみたい、くらいの軽い思いでした」
またその頃からキャンプをするようになり、不便な環境で工夫しながら時間を過ごすことが、「何かをゼロからやってみる」ことにヒントになるような気がし始めた。
便利な生活からあえていったん離れることで、人間の持つ本来的な力が呼び起こされるのかもしれないと感じた。その経験から、“自分の想いを満たすためには、自然の中に身を置く必要性がある”と感じた彼女は、生まれ故郷の隣に位置し、幼少期からしばしば旅行で訪れていた山梨県への移住を考え始める。
“地域おこし協力隊”と“会社員”の二足のわらじをはく日々がスタート
その後も時を重ねると共に、自然豊かな山梨県への想いは募っていく一方だったことから、東京・有楽町にある「移住支援センター」を訪れる。そこで相談員の方から紹介された仕事が、山梨県南アルプス市芦安地区の「地域おこし協力隊」だったという。
「地域おこし協力隊」と一口に言っても、その活動方針は千差万別で、同じアルプス市内であっても、活動方針は大きく異なるのだという。
【活動内容】
- 南アルプスの山々を訪れる登山客等を対象とした、山岳観光から集落内への観光動線づくり
- 地域の伝統的な資源等を活用した地域文化の継承支援
- 有害鳥獣被害の少ない農作物の栽培研究と新たな加工品の開発
- 豊かな自然と独自の文化・伝統を持つ芦安地区でしか学ことの出来ない教育環境づくりの支援
芦安地区の地域おこし協力隊は、「活動内容の4本柱」こそ示されていたものの、「興味を持った分野から、自分のやりたいことをどんどん見つけてほしい」という、非常に自由度の高いものだったといい、元々「自分で何かを生み出してみたい」という想いが移住のきっかけとなった彼女にとっては、うってつけの仕事だったという。
「働き方の多様化」に積極的に取り組む勤務先の同意も得られ、週1,2度リモートワークで勤務しながら、地域おこし協力隊としての活動を行うことが可能であると考えた彼女は、善は急げとばかりに、ここでも持ち前の行動力を発揮し、一次審査の書類選考に応募。
2泊3日で地域を体感できる「お試し移住」にも参加し、先輩の協力隊員や地域の方々との実りある対話をもとにレポートを作成し、最終の3次面接を見事に突破した。
「山梨県が愛着のある場所だったとはいえ、何もない状況で突然見知らぬ芦安に行くことへの不安はもちろんありましたので、住居の保証があったことは大きかったですね」
こうして2020年4月、東京都から山梨県南アルプス市芦安に移住し、“地域おこし協力隊員”と“会社員”の二足のわらじをはく日々がスタートした。
移住したからこそ気がついた、自分の感覚に敏感になって向き合うことの面白さ
「大切に受け継がれてきた芦安の里山文化と、雄大な自然の魅力をたくさんの人に届けたい」との想いを胸に、協力隊に着任した佐藤さん。
芦安の魅力を伝えるべく、“草木染め体験”のイベント講師を務めたり、自然について学ぶ森林学習の一環で開催されたイベントで、芦安小学校の生徒たちに“苔テラリウム作り”を教えるなど、積極的に活動を行ってきた。
協力隊の活動の中で特に心に残っている活動を尋ねると、「(鹿の被害に負けない)ハーブ作り」と、「苔テラリウムの制作」を挙げてくれた。
この2つの活動には、彼女を夢中にさせる“共通項”があるのだという。
「自分で育てたハーブを調合してハーブティーを淹れる時も、自分のセンスと向き合いながら配置していく苔テラリウムの制作も、『自分の感覚に敏感になって向き合うことの面白さ』を感じさせてくれるんです。
その感覚を呼び覚ましてくれたのも、興味を持ったことに片っ端から挑戦する過程があったからこそですね」
と、芦安地区の協力隊の活動方針に、大きな感謝を示す姿がとても印象的だった。
「移住」という人生における大きな決断をし、実行に移した佐藤さん。
自身の心に従い自然の中に身を置いた結果、眠っていた感覚が研ぎ澄まされ、新たな自分に出会えたのではないだろうか。
全力で楽しむ「個」の力が合わさって、結果的に芦安の地域おこしに繋がることが理想的
南アルプスの麓に位置し、登山の玄関口として毎年多数の登山客や観光客を迎えている、山梨県南アルプス芦安地区ー。
南アルプス市発足以来、自然環境や立地環境を活かした観光振興に取り組むことが期待されている一方、人口の減少には歯止めがかかっておらず、人口241人(2022年4月時点)のうち65才以上の高齢者が3割以上を占める、いわゆる「限界集落」に該当している地域だ。
実際に芦安地区に住む当事者として、この現状をどのように受け止めているかを尋ねると、
「私が芦安に来てからも、人口は目に見えて減っています。でもその一方で、私のように“心の健康”に注目している人たちがじわじわと増えてきていることも確かなんです」と、意外な反応が返ってきた。
2021年11月には、山梨県で13年間理学療法士として知見を深めた芦安地区出身者がご家族で帰郷し、心と体を整えるカフェ『トトノエカフェ アルプスtei』をオープン。
芦安地区の未来に想いを馳せる“若き力”の躍動に、地元民からも注目が集まっているそうだ。
「全力で楽しむ“個”の力が、何かしらの形で合わさって地域の魅力を向上させる。それが結果的に、芦安地区の“地域おこし”に繋がることになれば、理想的ですね」
協力隊退任後、芦安で踏み出す新たなチャレンジ
今年(2023年)の4月に協力隊の任期満了を迎えた佐藤さんに、今後のビジョンについて尋ねると、「芦安に住み続け、新たなことにチャレンジする予定です」と声を弾ませた。
協力隊の活動を通じて、“自身の心と対話する時間を持つことの大切さ”に気が付いた彼女は、ヨガの先生に弟子入りし、マインドフルネス(瞑想)の講師としてのカリキュラムを受講。
昨今、日本でもじわりじわりとブームになりつつある「マインドフルネス(瞑想)の世界観」を、気軽に体験してもらいたいとの想いから、自身と同じ“1990年生まれ”の古民家をリノベーションし、「瞑想サロン」を退任のタイミングでオープンした。
「“瞑想”という言葉を聞いた時点で、おそらくハードルを感じてしまう方もまだまだいると思うんです。私も移住前までは、宗教的で怪しいというイメージを持っていて、正直手を出しづらい分野だと思っていましたので(笑)。
“瞑想サロン”の趣旨をわかりやすく言葉にすると、『自分のご機嫌を上手にとって、その状態を保つスキルを向上させていきましょう』ということ。どんな仕事をするにしても、ご機嫌な状態で取り組むか、ストレスフルな状態で取り組むかで、パフォーマンスも全く変わってくるはずです。
『自分の心に素直になる時間も大切』ということを、サロンでの瞑想体験を通じて知ってもらえたら嬉しいですね」
星のささやきが聞こえてきそうなほどの静寂の中に身を置くことで、雑念に左右されずに、自身の内に秘めたる本心と向き合うことができる。
芦安の自然には、そんな空間を創り出すパワーがあるのかもしれない。
今までしたことのない経験をすることは、自分にとって間違いなくプラスになるー。
これから移住を検討している方に向け、メッセージをお願いすると、
「移住に対するネガティブな発信は、ネットやニュースにいくらでも溢れていますので、“やはり移住はハードルが高いのだろうか・・”と、不安な気持ちになることもあると思います。でも、移住に限らず、何事も絶対思い通りになることなんてないですし、想定外のことは起こりうるものです。
『失敗』『成功』の二極だけで考えてしまいがちですが、自分自身で『成功』に持っていくぐらいの“気概”と“余裕”を持って望めたらいいですよね。こればかりは、自分で経験して、自分で感じていくしかないですから」
と、先輩移住者だからこそ語れる言葉で、心地良く背中を押してくれた。
「私自身、これから想定外のことが起こったとしても、“どんとこい!どうにかなるさ!”という気持ちで、それさえも楽しんで行けたらいいなと思っています」
と、穏やかさとしなやかな強さを同居させた笑みを携えて、芦安への暮らしに想いを馳せた。
「移住者の数だけ移住のケースは存在するもの」で、一つとして同じものはない。
思い描くように事が運んだ時の“高揚感”はもちろん、想定外の問題を前に抱く“挫折感”でさえも、「移り住む」という決断を実行に移した者だけが得られる、何よりの“財産”なのではないだろうか。
「生きた経験」を積み重ねることこそが、移住ひいては人生の醍醐味と言えるのかもしれない。