移住者プロフィール
宮澤達・宮澤順子さん
利用した支援制度
地域おこし協力隊
宮城県涌谷町の地域おこし協力隊、趣味・特技:競艇、麻雀、猫と遊ぶこと、外で遊ぶこと、読書、御朱印集め、旅先で写真を撮ること
目次
INDEX
地域おこし協力隊の応募動機について教えて下さい。
仕事を辞めようと思ったことがきっかけになりました。高専を卒業してから、ずっと携帯基地局設営などを行う会社に勤めていました。業務も忙しく、精神的にも辛く感じる部分がありました。
私はとにかく家族が一番大切です。子どもたちが小さい今、もっとそばにいたいと思うようになり転職を考えました。
当時YouTubeでキッズチャンネルを配信していたのですが、在宅で仕事ができて家族との時間もとれる動画を仕事としてやっていけないかと思うようになりました。
ちょうどその頃、妻が故郷の大河原町で地域活性化のために青年会活動を続けていました。心をテーマにしたお話づくりと朗読、ハンドメイド雑貨販売のイベントを主催していた妻の活動に影響を受け、その要素を取り入れつつ、協力隊に挑戦しようと決心しました。
収入が不安定になることに対する不安もありましたが、「やりたいことを仕事にするためには今しかない」と夫婦で協力して下調べをし、応募に至りました。
宮城県涌谷町を選んだ理由について教えて下さい。
宮城県内で生活する両親のことや、まだ小さい子どもたちのことを考え、私たちは宮城県内での自治体に限定して地域おこし協力隊の募集を探していました。そして、夫婦ともに協力隊として働ける場所を探していましたので、応募する場所を選ぶのに難航していました。
そんな中、妻が学生時代によく旅行気分で訪れていた県北の「涌谷町」に惹かれました。日本初の産金地という歴史的なストーリーにも魅力を感じ、「涌谷町」に応募することに決めました。
私たちは、子どもたちがいろいろな体験をしたり、人々が楽しいと感じている様子や想いが伝わるような活動をしたいと考えていました。そのため、ストーリー性のある自治体を希望しており、宮城県涌谷町はまさにそれに合っていると思いました。
実際の面接前に役場の担当者が町を案内してくれて、子育てに関しても話を聞いてくれたこともあり、そのまま涌谷町に応募しご縁をいただけることとなりました。
実は、面接や任命式の際、どうしても子どもたちの預け先が見つからなかったため、同席を許可していただきました。今思い出しても申し訳ない気持ちでいっぱいですが、その時のご厚意に心から感謝しています。
地域おこし協力隊の仕事内容について教えて下さい。
私たちは、フリーミッションという形で採用していただきました。フリーミッションとは、具体的な指示がなく、自分たちで活動内容を考える必要があることを意味します。
1年目はとにかくさまざまなことに挑戦しました。涌谷町では多くの方が着物を持ち、手仕事をしている方が多かったため、ハンドメイドと着物リメイクのイベントを進めました。私たちが制作するのではなく、作家さんたちの活動機会を広げるイベントを開催し、観光客に作品を楽しんでもらうことを目指しました。
同時に、教育に関する活動をしている方々ともつながりを持ち、子どもが楽しめるワークショップを開催しました。また、涌谷町の金の歴史を伝える体験を作りたいと考え、産金当時の「天平衣装」の復元を目指しました。
奈良県在住の衣装研究家の先生に協力をお願いし、史実に基づいた天平衣装を制作し、レンタルを開始しました。せっかくなら本格的に着物の活用も視野に入れ、涌谷町の産金の歴史を再現することに力を入れました。
2年目となる今年は、さらに特別な天皇祭祀用の天平衣装も制作し、金色天平婚という涌谷の産金の歴史と衣装、当時の婚姻文化を取り入れた夫婦のためのフォト婚事業も始めました。
就任前に思っていた「人の想いを表現したい、カタチにしたい」という自分たちの願いも取り入れつつ、人を紹介する動画や、気持ちを表現するための企画の準備も進めています。
地域おこし協力隊のやり甲斐はなんですか?
やりがいという表現に当てはまるか分かりませんが、地域おこし協力隊はとても難しい職業だと感じています。
初めての場所に行き、突然その場所の魅力を発信し始める活動は、普通に考えれば異常ともいえるかもしれません。転勤族などで引っ越した場合、その土地に慣れるまでに時間がかかるのが一般的だと思います。
しかし、「慣れる」前に活動を始めなければならないのが地域おこし協力隊です。活動自体の目的はPRであり、スピード感が重要です。さらに、任期が決まっているため、うかうかしているとあっという間に無職になってしまいます。このように、自身に対するメンタルの負荷を自覚しなければならない大変さがあります。
ですが、協力隊だからこそ、ただ引っ越してきただけの人よりも、その町に住む方々と仲良くなる、知り合う機会は比べ物にならないほど多くあります。町に来た初心者にもかかわらず、町の発展という大切な部分に携わらせていただけることは、非常に貴重な経験です。
自営業の覚悟や退任後の将来を見据えた計画がある場合は、ありがたい、やりがいのある仕事だと思います。
地域おこし協力隊になって想定外だったことを教えて下さい。
涌谷町に引っ越してくる際、ちょうど賃貸物件が少ない時期でした。検討できたのは、夫婦向けの広さのアパートだけでした。
もちろん、時期によって状況は変わるのでしょうが、最終的には古い中古物件を購入することにしました。覚悟は決まりましたが、夫婦で納得して購入したわけではないため、妻はまだ不満を感じています(笑)。
地域おこし協力隊として、住民票を変更し、その地に移住することが条件でした。上の子どもが小学生だったため、転校が必要となり、学童の手続きや引っ越し準備などを短期間で進める必要がありました。
同じ県内での引っ越しとはいえ、環境の変化に慣れるのには少し時間がかかりました。
卒隊後のビジョンがある場合は教えて下さい。
今行っている事業をそのまま継続して発展させていきたいと思っています。
「金色天平婚」をはじめ、「ハレる日」というまだ挙式をあげていないプレ花嫁や、事情があって挙式をあげていないご夫婦に向けた簡易のフォト婚の事業があります。家族の履歴書という自分史のような動画と、着物リメイクのドレスなどの衣装レンタル、食事、想いを伝えるためのお手紙とプロポーズがセットになったプランです。
現在は涌谷町のみで活動していますが、今後は宮城県内に活動の幅を広げていきたいと思い、今から少しづつ準備しています。夫婦で協力隊になり、家族で活動している自分たちだからこそ、家族の想いを大切にできる体験をお手伝いしたいと思っています。
また、我々の考えた町公認キャラクター「天平まろんちゃん」の展開も同時に進めていきたいと考えています。
涌谷町の住民と触れ合った際の印象と、エピソードも添えて教えて下さい。
涌谷町に引っ越してきた1年目から、多くの方とお話しする機会に恵まれました。ずっと涌谷町にお住まいの方や、震災をきっかけに涌谷に移り住んだ方など、さまざまな事情を持つ方々がいらっしゃいます。
その中でも、手仕事をされている方々とイベントのお願いなどでお話しする機会が多くありました。彼らは、涌谷に越して来て感じた苦労や現在の涌谷について、会うたびに話してくれます。また、「子ども達を預かってあげるから安心して」と言ってくださることもあり、本当にありがたく感じています。
どこに子ども達を連れて行っても、温かく迎えていただけることに感謝しています。この町では、子連れの心配や萎縮を感じることがほとんどありません。
涌谷町の魅力について教えて下さい。(自然やグルメ、オススメスポットなど)
涌谷町は、程よい田舎を体現しているような町です。タクシーやバスの運行日は限られていますし、飲食店は少ないかもしれませんが、車さえあれば便利に過ごせます。JRの駅やコンビニ、スーパー、イオンタウンもあります。
都市圏(イオンモールや新幹線の駅など)にも30分ほどでアクセスでき、仙台市へも1時間少々で到着します。自然や歴史が豊かで、動物も多く、移住初心者にとっても住み心地が良い場所です。
さらに、農業や食文化が盛んで、季節ごとの行事も多く、その点も涌谷町の魅力です。
移住を検討している方にメッセージをお願いします。
涌谷町は朝6時、12時、17時に時報が流れます。仙台に住んでいた時には出会わなかったアオサギやたぬき、きつねを見るのが当たり前になり、太陽がのぼり沈むという自然の時間を感じられる町です。
住む場所が変われば戸惑いもありますが、それを「いい発見」と楽しめるなら、きっと移住は今後の人生にとって大きなプラスになると思います。
身の回りにこそ美しいもの、感動が溢れている。そんな毎日を送ることができると思います。
その後、さらに引っ越す未来があるかもしれませんし、定住になるかもしれません。どんな未来になっても、いい発見、身近なものへの感動を得ることができた体験は活きてくると思います。
協力隊2年目となり退任後も視野に入れる中、実際に見て体験して得た「気づき」に勝るものはないと感じています。未来は誰も分からないので、移住を検討している方は状況が整ったらお試しでも行動してみるのもおすすめです。
地域おこし協力隊の詳細についてはコチラ↓
https://warp.city/features/2