移住者プロフィール
高橋マサエさん
出身地:山口県、前住所:山口県、現住所:香川県高松市、職業:イラストレーター
目次
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絵を好きになったきっかけは祖父に習った水彩画
1989年生まれ、山口県出身の高橋マサエさん。専門学校を卒業後、広島市内のデザイン会社に就職し、グラフィックデザイナーとして働いていた。
「地元は瀬戸内海に面した小さな町で、広島県との県境にあります。言葉遣いが広島弁に近いなど、広島の文化が比較的浸透していて、社会人になって広島市内まで働きに出る人が多い地域です。私も電車を乗り継いで、広島まで通勤していました」
高橋さんがグラフィックデザイナーを志したのは、高校生の頃。絵を描くことは、小さい頃から好きだった。
「きっかけは、水彩画が趣味の祖父。田舎にある祖父の家は庭が広くて、植物がたくさんありました。小学一年生くらいのときに、庭で摘んだキキョウの花の描き方を教えてもらったんです。おしべとめしべはこんな形をしていて、花びらは五枚で、よく見ると細い筋が入っている。祖父の言うとおりじっくり観察しながら描いたら、すごく上手に描けました」
その時の感動は、今でもよく覚えているという。家には絵本もたくさんあり、幼稚園の先生をしていた母によく読み聞かせをしてもらっていた。こうして、絵の楽しさに触れながら育った高橋さんだったが、実際、それを職業にするとなると、画家や漫画家のイメージしかなく、自分には縁遠い世界のようにも感じられた。
「進路を決めるために専門学校や大学のパンフレットを取り寄せたりするなかで、グラフィックデザイナーという仕事があることを知りました。その時、『自分がしたかったことはこれだ!』とピンときたんです。ファッション雑誌を読むのが好きだったので、雑誌のデザインをする仕事がしたいなと思いました」
結婚を機に高松市へ移住。第一印象は「綺麗な町」
実家から広島へと通勤し、グラフィックデザイナーとして働いていた高橋さんが、香川県に移住したのは2012年のこと。結婚をきっかけに、夫の郷里である高松市へと住まいを移すことになったのだ。
「当時、仕事がハードで体調を崩してしまっていて、心機一転、新しい場所で生活を始めることにしました。香川県には小さい頃に一度、レオマワールドという遊園地に遊びに行ったことがあるだけ。その時のことはよく覚えていなくて、移住するまでどんな場所なのか知りませんでした。
実際、住んでみて感じたのは、町が綺麗だなということ。再開発が進んでいたこともあって、駅も、港も、商店街も、どこも綺麗に整備されていました。特に、日本一長いアーケード商店街と言われる高松中央商店街は、海から歩いて行ける距離にあり、とても心地よい雰囲気の場所です」
高松市は"コンパクトシティ"とも言われるように、町の機能が程よい距離感にまとまっており、特に高橋さんが暮らしている市街地に近い地域は、徒歩と自転車でどこにでもアクセスしやすいという。
「車がないと生活できないような山間部から引っ越してきた私にとっては、スーパー、本屋さん、八百屋さん、コーヒーのお店、うどん屋さん……そうしたお気に入りの場所が歩いて行ける範囲にあるのはすごくいいなと思いました。散歩が好きなので、よく町歩きをしたり、川沿いを歩いたりしています」
豊かな自然や美術館。休日の楽しみ方も多彩
車を10~15分ほど走らせれば山があり、自然も満喫できる。高橋さんのおすすめスポットは、源平合戦の舞台ともなった屋島。テーブル上の平らな形が特徴的な山だ。
「友人が高松に遊びに来た時は、まず屋島を案内することが多いです。山上からは瀬戸内海を一望できるんですよ。うどん屋さんもあるし、史跡も多く残っています。屋島寺には、(民話などに登場する)日本三大狸の一匹が祀られていて、このたぬきは、『平成狸合戦ぽんぽこ』に登場する一匹のモデルになったとも言われているんですよ」
県内には、美術館も数多くある。世界的な家具デザイナーのジョージナカシマの記念館、三越の包装紙をデザインしたことでも知られる洋画家・猪熊弦一郎の「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」、香川出身のマルチクリエイター・和田邦坊の「灸まん美術館」など、地域にゆかりのある芸術家に関連した美術館が点在している。
「もともと、お菓子のパッケージや包装紙など、その土地の雰囲気を感じられるデザインを見るのが好きなんです。休みの日に美術館に足を運び、そうしたローカルデザインがどんな人たちの手で生み出されたのかを知れたりするのは楽しいですね」
肩書きを「イラストレーター」に変え、作品集で売り込み
現在は、雑誌や書籍、Webなどの分野で、イラストやデザインの仕事を手がけている高橋さん。会社員を辞め、高松に移住したタイミングでフリーランスでの活動を始めたという。
「知り合いが誰もいない状態でのスタートでしたが、香川で活動されているクリエイターの方にご連絡したら、とても親切にしてくださって。ほかのデザイナーさんを紹介してもらったりする中で、少しずつデザインの仕事をいただけるようになりました」
移住して7年目、ちょうど30歳を迎えるタイミングにはある心境の変化があったという。
「これまではグラフィックデザインの仕事がメインでしたが、自分がやりたいことを改めて考えて、イラストレーターとしての活動に軸足を移したいと思ったんです。グラフィックデザインやウェブデザイン、イラストの仕事を同時並行で対応するのがだんだんと大変になってきたこともあって、もう少し自分の仕事をシンプルにしたいなと」
思い切って、肩書きを「イラストレーター」のみにし、東京や香川の出版社、デザイン会社を中心に自身のポートフォリオを送り、売り込みを始めたという。
「自分の好きな雑誌の奥付けなどを見て、気になった会社に直接、メールでご連絡したりしました。今思うと、多忙なアートディレクターの方にいきなり作品集を送ってしまって、ご迷惑をおかけしたなとも思うんですが、ちょうどコロナウィルスが蔓延し始めた時期で、仕事自体が減り、生活費もどんどんなくなっていくなかで、『どうにかしなきゃ』という焦りもありました」
実際、すぐに仕事に結びつくものばかりではなかったが、一年後、二年後に依頼をもらえることもあり、地道な努力は着実に実を結んでいった。
町を歩き、日常の素朴な風景を描く
高橋さんのイラストのテーマは、「生活の小さな幸せを描く」。身近なモチーフを優しい色使いと軽やかなタッチで描いている。
「フリーランスになった時に、『絵で何が伝えられるのか』を一歩踏み込んで考えてみました。高松の街中を歩いたり、自然を眺めたりする中で、自分はこういう日常の風景が好きだったなと改めて気づいて。生活で目にするものや、そこにある小さな幸せを自分の絵に落とし込んでいきたいと思うようになりました。
実際、オーダーをいただく時も、大都会のビルやメカニックなものというより、生活のワンシーンであったり、自然や人物などのモチーフを求められることが多いんです。それはやっぱり、生活にある素朴な風景を世の中が必要としているからだと思うんですよね」
最近は、国内に留まらず、海外から仕事の依頼が舞い込むこともある。
「イラストというのは、言葉がなくても伝わる表現なので、ボーダレスに依頼をいただけるのは嬉しいです。あるアメリカのアートディレクターの方が、私が国内向けに描いたお風呂の絵を見て、『日本らしくていいね!』と誉めてくださって。海外の人はお風呂を日本の文化として捉えているんだなという、新鮮な発見がありました。そうした気づきを地域での仕事にも役立てながら、自分の世界や価値観を広げていきたいですね」
瀬戸内海のクリエイティブユニット「つつ、」を結成
新しいチャレンジも始めている。広島のデザインの専門学校で出会った仲間と三人で、クリエイティブユニット「つつ、」を結成したのだ。「くらしつつ、つくりつつ、あそびつつ、集いつつ、津々浦々を訪ねる瀬戸内生まれのクリエイティブユニット」というコンセプトから、「つつ、」と名づけた。
「仕事と並行して、純粋につくる作業も大切にしたいよねという話を三人でしていて。広島のフォトグラファーの的野翔太くん、岡山を拠点に活動するグラフィックデザイナー・妙妙デザイン、そして私。それぞれ表現方法は異なりますが、瀬戸内海にルーツを持つ三人が集まって、一緒に地域の魅力を表現していきたいと思っています」
現在は、瀬戸内をテーマにしたアートブックを制作中。県外のアートイベントへの出展も考えているところだという。高橋さんのテーマは、“香川の休日”。描くことを通して、自分自身が香川の魅力を再発見できることも多いそうだ。
「例えば、さぬきうどんのお店って、おでんがぐつぐつと煮えているコーナーがあったり、好きな天ぷらを自分でお皿によそったり、麺を自分でお湯につけて温めたりする『セルフ店』と言われるお店が多いんです。そういう風景を描いていると、自分は香川のこういうところが好きだなと気づけるし、その絵を見てもらった時に、『香川のうどん屋さんにはこういうシステムがあってね』と、誰かに話すきっかけになるのも楽しいですね」
住む場所を変えたからこそ、気づけたこと
生まれてからこれまで、海が見える場所で暮らし続けてきた高橋さん。彼女にとって瀬戸内海は日常に溶け込んだ一風景に過ぎなかったが、香川へと移住した時、その美しさに改めて気づいたという。
「マリンライナーという電車で瀬戸大橋を渡ると、右も左も瀬戸内海で、多島美と言われる、小さな島が無数に浮かぶ光景が広がっています。それを見た時に、ああ、綺麗だなって。私はこの瀬戸内海沿いにずっと住んでいたんだなと気づきました。
以前、ラジオで聞いたんですが、ずっと同じ場所にいると生活に順応してしまって、何も考えなくてもオートモードで日常生活を送れるようになるそうなんですね。もしかしたら私は、ずっと実家で暮らし続けていたら、フリーランスのイラストレーターにはなっていなかったかもしれません。生活環境が変わったタイミングで、何か別のことをしてみようかなと思えたので。
そういう意味では、住む場所を変えることで、新しいことを始めたり、別の生き方が見つかるのかもしれませんね」
日常の中で見過ごしていた海の美しさに気づいたように、日々の小さな幸せに気づき、それをイラストという形で表現している高橋さん。
仕事終わりに近所のお気に入りのお店に足を運ぶ。川沿いを歩きながら、植物や鳥の姿を眺める。日が暮れる時間の変化に気づき、季節の移ろいを感じる。高松で過ごすそうした時間や出来事のひとつひとつが、高橋さんの作品を形作っているのだろう。
- 本文中に掲載の作品は、瀬戸内・香川の休日をテーマに描いたアートブック『休日、好日』に収録。アートブックは11月10日~12日に福岡で開催される「NEWGRAPHY FUKUOKA ART BOOK EXPO 2023」で販売後、インターネットでも販売予定。詳しくは、https://masae.radial.jp/ng2023をご覧ください。