移住者プロフィール
宮本遥菜さん
出身地:広島県福山市、前住所:大阪府、現住所:和歌山県那智勝浦町、職業:YouTuber、動画制作や写真撮影などの総合クリエイター
目次
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大学では文化人類学を専攻。タイへの留学も経験
広島県福山市出身の宮本さん。地域おこしや観光に興味を持ち、県内の大学の国際学部に進学し、大学院の修士課程に進むと文化人類学を専攻した。専攻を決めるきっかけになったのは、チベット研究を行っている先生の講義を受けたことだったという。
「初回の講義で、先生がいきなり教室にテントを設営し始めたのです。『アウトドアの勉強をしましょう』と言って(笑)。とてもユニークな先生で、中国からチベットを通ってインドまで自転車で数カ月かけて移動した経験を、写真を見せながら話してくれました。その講義に刺激を受けて文化人類学のゼミを選びました」
大学院2年目には、タイのチェンマイ大学で7カ月間の交換留学を経験。現地調査の一環として、ホームステイ受け入れ事業を行う地方の町に滞在し、タイの田舎町のリアルな暮らしを間近で体験した。
「ある朝、外がやけに騒がしくて、何事かと思い外へ出てみると、村人たちがヤギをさばいていました。一瞬、何かの宗教儀式だと思い、『文化人類学っぽい瞬間に立ち会えた!』と興奮していたのですが、実際は畑の柵に引っかかったヤギを処理していただけでした(笑)。拍子抜けはしたものの、その驚きや期待外れの感覚も含めて、強く印象に残っている出来事です」
留学を通じて、馴染みのない土地に飛び込み、現地の人々と過ごすことの面白さを肌で感じた宮本さん。その体験は、後の「移住」という選択肢を考える際に、少なからず影響を与えたのだろう。
大阪で就職。和歌山県担当の営業マンに
宮本さんに和歌山県との縁ができたのは、大阪で営業マンとして働き始めたときのこと。営業先として任されたのが、和歌山県内の地方自治体だった。
「週に4日ほど車で大阪から和歌山まで通い、市役所や町役場を訪問するのが仕事でした。自分でスケジュールを組んで、北から南まで30ある市町村に繰り返し足を運びました」
それまで和歌山を訪れたことは一度もなかったという宮本さん。初めて足を運んだときの印象を次のように振り返る。
「和歌山の海は、地元・広島の海と全然違いました。瀬戸内海はいくつもの島々に囲まれているため水平線は遮られて見えませんが、和歌山の海は見渡す限りの大海原。水平線がまっすぐに伸びていて、そこにゴツゴツとした岩が点在している景色がとても独特でした。
太平洋に面する紀南地域は大阪からかなり遠く、初めてその景色を見たときには『いよいよこんなところまで来たのか』と感慨深い気持ちになったのをよく覚えています」
仕事で何度も訪れるうちに、和歌山の道路事情や美味しいレストランなどの情報にも詳しくなり、自治体職員たちとも顔なじみになった。こうして宮本さんの和歌山への愛着はどんどん深まっていった。
脱サラし、和歌山への移住を決意
働き始めて5年が経った頃、宮本さんは大きな決断を下す。営業の仕事を辞め、動画制作で独り立ちすることにしたのだ。
「仕事自体はとても楽しかったのですが、移動距離が長く、自分の時間を思うように確保できないことが悩みでした。学生時代から写真を撮ったりブログを書いたりするのが好きで、社会人になってからは自分のYouTubeチャンネルを立ち上げ、動画を投稿していました。知人のYouTube制作を手伝ったこともあります。こうしたネットを活用した表現活動に、もっと時間を注ぎたいという気持ちが次第に強まっていったんです」
しかし、会社を辞めれば和歌山に行く理由がなくなってしまう。それは寂しかった。
「動画編集はパソコンさえあればどこでもできます。営業で和歌山に通うようになってからいつか住みたいと思っていたので、それならこのタイミングで移住しようと決めました」
移住先として宮本さんが選んだのは、和歌山県南部にある那智勝浦町。
「どうせ住むなら、とことん遠い田舎に住もう」
そんな思いがこの地を選ぶ決め手になったという。那智勝浦町は、現時点で高速道路が通っておらず、手前のすさみ町で高速を降りたあと、そこから先は海沿いの国道をひたすら車で走るしかない(※現在、近畿自動車道のすさみ串本道路が延伸工事中)。
「県外からのアクセスは決して良くありませんが、海沿いの道を走るのはとても気持ちが良かったし、『遠く』に向かってやっとたどり着く感覚にワクワクしました」
そして、最終的な移住の決め手になったのは、人との縁だった。
「役場の方がいつも気さくに話をしてくれて、移住についてもいろいろと相談に乗ってくれました。実は私、移住したらスナックでバイトをしてみたいと思っていたんです。朝ドラ『海女ちゃん』で、地元の人たちがスナックに集まるシーンがとても楽しそうで憧れていました。
そのことを役場の人に話したら、町のスナックを紹介してくれて。その日はすごく盛り上がって、ママから『ここで働いたら?』と言われ、もうその勢いに身を任せて、ここに移住しようって決めたんです」
「人生で一番知り合いが多い」移住後の生活
こうして、2023年5月に那智勝浦町に移住した宮本さんは、「和歌山移住オンナ」としてYouTubeチャンネルを立ち上げ、生活の様子や那智勝浦町のローカル情報の発信を始めた。
移住前に自治体やスナックで町の人々と打ち解け、関係を築いていたおかげで、移住後の生活は比較的スムーズに始めることができたという。
「今、人生で一番知り合いが多いんです」と宮本さん。
「広島や大阪では街中で知り合いとすれ違うことなんてほとんどありませんでしたが、那智勝浦は違います。人口が少ないこともあり、住んでいるとだいたいみんな知り合いになります(笑)。町を歩いていると顔見知りの人にたくさん会って、あいさつしたり声をかけてもらったり。そうした経験はこれまでになく、友達が多いタイプでもない私にとっては何だか人気者になった気分で、すごく新鮮で楽しいです」
スナックでアルバイトを始めたことも、交友関係をさらに広げるきっかけになった。地元のお客さんからおすすめのお店や町内のイベント情報などを教えてもらうことが多く、そこから動画の取材先が見つかることもあった。
さらに、YouTubeでの発信を通じて宮本さんのことを知った人が町外からスナックを訪れるようになり、情報発信と人とのつながりの好循環が生まれていくことになった。
町のイベントを動画に。「見たよ」という言葉がモチベーション
移住後初のビッグイベントは、勝浦最大規模の例大祭・勝浦八幡神社例大祭だった。海の町ならではの豊漁と航海安全を祈願するお祭りで、毎年9月中旬に開催される。宮本さんは、その様子を取材し動画にした。
▼移住後初!勝浦最大の祭りに参加してきた(前編・和歌山県那智勝浦町)
https://www.youtube.com/watch?v=XB8BLAaUcf8
▼圧巻の海中神事!マグロの町の例大祭に大密着(後編・和歌山県那智勝浦町)
https://www.youtube.com/watch?v=1RmmRBeovV0&t=730s
「那智勝浦は、地区ごとに独自のお祭りがたくさんあります。その中でも、勝浦八幡例大祭は規模の大きいお祭りで多くの人で賑わっていました」と宮本さん。
勝浦八幡神社は海の守り神として古くから信仰されている神社。この日は、男みこしや女みこしが町内を練り歩き、勝浦市場に到着すると、徒歩山伏が演じる歌舞伎「勧進帳」などの奉納行事が行われた。そして、祭りのクライマックスには、色違いの櫂伝馬が疾走する港を舞台に、みこしの担ぎ手はみこしと共に勇ましく満潮の海に飛び込み、みこしの海中浄めをする。
そうして撮影した動画を「見たよ」と言ってもらえることが、宮本さんにとって何よりのモチベーションになっているという。
「『お祭りの打ち上げでみんなで見て盛り上がったよ』と言ってもらえた時はうれしかったです。県外に住む地元出身の方も見てくれて、『父が映っていました』『久しぶりに地元のお祭りを見られました』と喜んでもらえました。那智勝浦はノリの良い人が多くて、動画を撮っているとどんどん自分から映ってくれたりもします」
個人事業主として働く“面白さ”と“苦労”
活動を続けるうちに「イベントがあるから撮ってほしい」「うちにも取材に来てよ」と声がかかることも増えていった。YouTubeの投稿が宣伝効果を生み、総合クリエイターとして町内から仕事の依頼ももらえるようになった。
また、移住してすぐに商工会青年部に参加したことも、活動の幅を広げるうえで役立ったという。地域経済の担い手たちとつながり、夏祭りの開催やイベントの出店など、町を盛り上げる活動に積極的に関わっている。
「和歌山県の商工会青年部で定期的に集まったり、年に一度の全国大会にも参加したりしています。『この活動が好きでしょうがない』という人たちがたくさんいて、そうした人たちとの交流を通して、他の地域の情報を得たり、団結力が生まれたりするのが面白いです」
▼移住先で夏祭り主催したら大盛況でした(商工会青年部・和歌山県那智勝浦町)
https://www.youtube.com/watch?v=GQrxY0oCCkI
個人事業主として働き始めてからは、会社員時代と比べて時間の余裕が生まれ、自由度高く活動できていると話す宮本さん。しかし、その反面で苦労していることもある。
「収入は不安定になったので、会社員時代より頑張らないといけません。今年の5月にスナックのアルバイトを辞めて、クリエイターとしての仕事に専念していますが、一人でやっていると、会社の同僚のように気軽に仕事の相談ができる人がいないことに心細さを感じることもあります」
現在は町内の仕事が中心だが、今後は町外にも仕事の幅を広げていきたいと考えている。
「YouTubeも全国的に見てもらえるようになることが目標です。まずは、チャンネル登録者数が那智勝浦の人口を超えることを目指して、勝浦に来たことがない人や、勝浦のことを知らない人にももっと見てもらえるようにしたい。そして町に貢献できるよう頑張りたいです」
今まで知らなかった自分との出会いが人生を豊かにする
さまざまな苦労がありながらも、那智勝浦に移住してからは想像もしていなかったことの連続で、それが何より刺激的だという。
「人生初の川遊びでエビを獲ったり、いただきものの伊勢海老を四苦八苦しながら捌いたり。『私はこんなこともできたんだ!』って、ささやかなことでも今まで知らなかった自分を発見するきっかけがたくさんあります。
最大の予想外の出来事でいうと、学校で子どもたちに向けて授業をしたこと。移住者目線の地域の魅力や、将来のいろいろな生き方について、小学生や中学生と一緒に考えました。まさか自分がこんなことをすると思ってもみなかったから、人生って本当に面白いなと思います」
最後に、地方移住を検討している方に向けて、宮本さんからメッセージをいただいた。
「移住となるとハードルが高く感じる人もいるかもしれませんが、私の場合、『移住する』ではなく『引っ越しする』と捉えることで、最初の一歩を踏み出しやすくなりました。
地方は都会に比べると選べる職種は少ないかもしれないけれど、人手不足なので働く場所は意外とあるし、課題が多いからこそ可能性もあると思います。まずは、いろいろと情報収集して、その場所で暮らしていくイメージを膨らませてみてください」
和歌山に魅せられ、移住者YouTuberとして、「新しい生き方」を実践している宮本さん。自分の心に正直にやりたいことに挑戦する姿は、とても生き生きと輝いている。