移住者プロフィール
吉川一利 さん 近江貴之さん
前住所:東京都、現住所:宮城県利府町、それぞれが胸に思いを抱き移住後、2019年からは地域おこし協力隊として活躍する傍ら、梨栽培の課題・認知を広げるための発信をしている。
梨と町に可能性を感じて。観光・交流や6次化にアイデア
未経験の梨栽培に挑戦したきっかけは?
吉川一利さん(以下、吉川):利府の隣町・七ヶ浜町出身で、大学卒業後は東北、北海道、東京などで芸能事務所のプロモーター、商品宣伝会社などいろいろな仕事をしてきました。
梨づくりを生業にしようと思ったのは、2011年から個人的に作っている「笑顔カレンダー」がきっかけです。1日1人、笑顔の写真とメッセージで365日をつないでいくというものなんです。
東日本大震災で津波の被害を受けた七ヶ浜町には、全国各地から延べ8万人くらいのボランティアが来てくれたのですが、住民としてその人たちに感謝の思いと町の元気を伝えたいと考えたんです。
当時大学4年生で、自分もがれき撤去などの復旧作業をしながら、一日が終わるごとにカレンダーに「今日も終わった…」と×印をつけていたのですが、ここに笑顔が映っていたら元気になるのではないかと思いついたんです。それから8年間、社会に出て仕事を始めてからも各地で作り続けてきました。
収益は被災地への義援金にしています。仕事をしながら365人分の撮影をして、カレンダーを制作するのは大変な作業でしたが、たくさんの人とつながりができることが楽しくて…。中には自分で写真を撮って送ってくれるなど協力してくれる人もいました。この人脈を生かせると思いついたのが、地元にも近い利府で梨づくりを生業にすることでした。
梨は9月後半から10月が収穫時期です。カレンダーの販売時期と近いので、梨の販路に自分の人脈を生かせること、また果樹園に遊びに来てもらって観光・交流人口を増やしながら撮影ができることなど、相乗効果のアイデアが次々に沸いて「サラリーマンやってる場合じゃないぞ!」と協力隊に応募したんです。
近江貴之さん(以下、近江):仙台出身で、大学卒業後から大手通信会社に勤務していました。人と人とのコミュニケーションを活性化できる仕事に喜びに感じながら東京で12年間働いてきましたが、もともとモノづくりが好きなことと、体を動かし自分自身で創ったものでビジネスができたら幸せなんじゃないかなと思ったんです。
きっかけになったのは、地方創生イベントで、利府町のブースを訪れたとき、町の特産品である梨の担い手不足や、町の魅力を十分に発揮できていないPR力不足などの課題が見え、自分が地元・宮城県で役に立てることがあれば…と決意しました。
実家や親せき含め、これまで農業とは縁がないまったくの新規就農。親にも事後報告でしたが、自分の新しいチャレンジに「やってみたいことをやってみろ」と言われたのが少し意外で印象的でした。栽培を学びながら自分でもブログ「元新宿サラリーマンのトカイナカ暮らし」で情報を発信しています。6次化をすすめて加工用の梨も売れるようにしたい。今は「梨カレー」を考えています。
2人とも利府町の隣の地域出身ですが、住んでみた印象は?
近江:ブログのタイトルにもしているのですが「トカイナカ」ですね。都会と田舎のいいとこどりという意味を込めています。加瀬沼や県民の森など自然と親しめる場所も多いし、大型スーパーなど生活に便利な商業施設もあります。
仙台まで電車で最短15分、高速道路のICが4つもあり、各地から集まりやすい。潜在的な資源があり、経済、産業、エンタメなど魅力が多いというところです。
吉川:七ヶ浜町と利府町の人は全然違う雰囲気を持っていますね。地域の消防団に入って活動しているのですが、一歩引いて見てくれながら、人を育てようとしてくれる感じがします。会社勤めをしている共働きの妻も近所づきあいを大事にして暮らしを楽しんでいます。
近江:まだ僕は地域性までは分かりませんが、関わってくれる方々は面倒見がいいと人が多いです。梨農家の師匠にしても栽培の知識が全くない若者を親切に育ててくれようとしているし…。迎えてもらっている印象はすごくありますね。
収益は高いが担い手不足。特産品・梨が抱える課題
梨農家としての現在の取り組みについては?
吉川:町内の梨農家さんを師匠に栽培方法を学びながら、利府梨として有名な長十郎、幸水、あきづきの3品種の栽培に取り組んでいます。特産品とはいえ、高齢化でやめる農家さんが多く、15年ほど前まではまだ120くらいあった農家は、平成30年に65戸になりました。
直売所で売れるので販売の方法として新たな取り組みはせずにやってきて、高齢化が進んでしまったんでしょうね。後継者不足については、仙台に近いので逆に、苦労して農業するより仙台の会社に勤めた方が稼げる…となるのかなと。
近江:実は農家は減っているのですが、利府の梨は人気が高く、毎年商品が足りないほど。でも新規就農するにも、梨自体の収益は高いけど、それなりの栽培面積がないと生活が成り立つところまでいかないんです。やってみて分かりましたが、時期に合わせた手入れなど、結構手間が掛かるので決して楽な仕事ではありません。
吉川:実は僕らが梨づくりを学んでいる農園も、梨の棚の位置が昔の人の背の高さに合わせて低くなっているから、2人とも180センチ以上ある僕らは作業がつらいんですよ。
近江:そうした品質、育て方などにも今後改善が必要になると思います。課題はありますが可能性は感じています。
内外へ情報発信。現場を知るからこその「おもて梨」を
栽培以外に、情報発信の役割も大きいようですね?
吉川:利府町の梨栽培は約130年前に一人の農家さんが始めたんですが、歴史や梨そのものについて、町内でも知らない人は多いんです。
僕もブログ「地域おこしと梨とオラ。」で栽培の様子や「梨クイズ」などを発信し、楽しんで知ってもらう工夫をしていますが、最近は2人で外部講師として小学校や保育所に出向き、利府の梨について教える機会ももらいました。
近江:僕たちは一度地元を離れたので、改めて振り返ってみて梨農家に魅力を感じましたが、ここに住んでいる子どもたちに「梨農家ってかっこいいぞ」と感じてもらえればいいですね。
将来的には大人にも伝えていきたいです。僕たちが活動の様子をこまめに情報発信していることもあって、取材依頼も増えてきました。
吉川:町のイベントにも関わっています。例えば町の秋の一大イベント「十符の里―利府」フェスティバルではSNSにアップした梨栽培の様子の写真を「リフスタグラム」として展示したり、室内で梨狩り体験できるような展示をしたり。梨や栽培について学んでいる自分たちだからこそ出せるアイデアで、「おもて梨」していきたい!
近江:1年目ということで、とにかく今は栽培を学びながら、新たな販路の開拓や6次化などを含め、利府梨のブランド力を高め価値を上げていく取組をしていきます。町の人、役場の人みんな巻き込みながら、利府の梨を守っていきたいですね。