移住者プロフィール
河村 美紀さん
出身地:熊本県菊池市、前住所:大阪府、現住所:熊本県菊池市、職業:台湾料理店「SUMI」オーナーシェフ
目次
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渓谷や温泉も。自然に恵まれた菊池市の魅力
菊池市は、熊本県北東部に位置する人口4万7千人のまちだ。
八方ヶ岳や鞍岳に広がる山林や草原、日本名水百選に選ばれた菊池渓谷など、肥沃な大地と豊かな水資源に恵まれている。農業や畜産業も盛んで、「菊池米」や「七城メロン」、「えこめ牛」など、特産品も多い。南北朝時代に活躍した菊地一族ゆかりの地としても知られ、市内にはその歴史を感じさせる史跡が点在している。
「菊池渓谷に流れる川は、透明度が高くてすごく綺麗です。夏はとにかく涼しいので、よく川遊びをしに行きます。駐車場が整備されていて、安全に泳げるスポットがあるので、子ども連れでも安心して楽しめますよ」と河村さん。
市内には温泉が湧いており、旅館や銭湯があちこちにあるのも魅力の一つだという。
「300円くらいで入れる温泉もあるので、日常的に使っている地元の人も多いと思います。町中に源泉かけ流しの足湯スポットがあるので、私は犬の散歩の帰りによく利用していますね。足湯なら準備がなくても気軽に入れるので、お店に来るお客さんにもおすすめしています」
地元商店街はシャッター街化が進行
その一方で、河村さんが子どもの頃は、多くのお店で賑わっていた商店街が、今ではシャッター街と化してしまっている現実もある。郊外への大規模小売店の進出などによって、商店街がある市街地の空洞化が進み、経営者の高齢化や後継者不足がそれに追い討ちをかけている。
「私が小学生くらいのときは、八百屋さんやお肉屋さん、お洋服を売っているお店がたくさん並んでいて、遠足のときのお菓子を買いに行ったりした思い出もあるんですけど、今はもうお店はみんな閉まっていて、かつて店主だったご老人たちがその奥に住んでいるという、寂しい商店街になってしまっています」
パン・お菓子づくりに対する興味から料理の道へ
1984年に菊池市で生まれた河村さんは、凝った手料理を食べさせてくれた祖母の影響で、小さい頃から、パンやお菓子をつくり、人を喜ばせるのが好きだったという。高校を卒業後、大阪の調理師専門学校に進学し、「いつか熊本で自分のお店を持ちたい」という夢を膨らませていった。
大学を卒業したあと、熊本に戻ってくると、かねてより働きたいと考えていた、阿蘇市で人気のパン屋さんに就職。その後、熊本市内の工務店が新たにオープンするカフェ・ライフスタイルショップの立ち上げにマネージャーという立場で関わり、商品のセレクトやメニュー開発などの仕事に10年ほど携わった。
河村さんが地元の菊池市にUターン移住したのは、2017年のこと。同郷出身の同級生と結婚し、菊池市に家を購入したタイミングだった。
専門学校を卒業し、大阪から熊本に帰ってきた20代のときには、菊池市で自分のお店を開くという考えは全然なかったという河村さん。菊池市は、熊本市内の中心部からは車でおよそ1時間ほど。立地面を考えても、あまり条件の良い場所とは思えなかった。
「菊池市に住み始めてからもカフェの仕事は続けていたので、毎日、熊本市内まで車で通っていました。でも、年も40歳に近づいてきて、家を買ってこのままずっと菊池に住むわけだし、地元で何かできたらいいなということは少しずつ考え始めていましたね」
そんなときに一つの転機となったのは、菊池市が主催していた地域づくりのプログラムに興味本位で参加したことだった。
「雑誌の編集長や地域おこしの活動をしている人たちを講師として招いて、菊池市のためにどんな活動ができるかを考えるワークショップをするような講座でした。参加者には、農家の人や私のような会社員もいて、いろいろな人が『菊池のために何かしたい』と考えているんだなということを知ったのは、新鮮な発見でした」
このとき、河村さんのなかに「菊池でお店をする方法もあるかもしれない」という考えが芽生え始め、半年間の講座が終わる頃にはカフェの仕事を辞める決心をしていたという。
台湾の食文化に魅了され、商店街に台湾料理店をオープン
2020年3月、商店街の一角に河村さんは念願だった自分のお店、台湾料理店「SUMI」をオープンさせた。以前から「お店を開くなら台湾料理がいい」と考えていたのだという。
台湾は、九州から空路で約2時間半。会社員として働いていても、休日を利用して気軽に行ける旅行先だった。30代で初めて訪れたとき、その独自の食文化にすっかり魅了され、繰り返し足を運ぶようになったという。
「台湾は日本に統治されていた時代も長かったので、お醤油ベースの味付けに、台湾ならではのアレンジが加えられているものが多くて、日本人の口にもよく合います。食堂で日常的に食べられている台湾料理は、油っぽくなくて胃もたれしない優しい味づけが魅力的でした。
キクラゲのジュースとか、仙草を煮だしたゼリーとか、日常の食事に漢方や薬膳の文化をうまく取り入れていたりするのもすごく興味深くて、知れば知るほど、どんどんハマっていった感じでしたね」
なかでも一番衝撃を受けたのは、「湯圓(タンユエン)」。茹でたもち米のお団子に黒胡麻やピーナッツの餡が入った甘いおやつで、台湾では冬至の日に食べる習慣があるそうだ。
「もちもちしたお団子の美味しさも衝撃的でしたが、さらにそれを金木犀のシロップがかかったかき氷にのせて食べさせるお店があって。金木犀をシロップにする発想も驚きだし、それとお団子を組み合わせるのもすごく魅力的で、お店でも夏のメニューで出しています」
菊池産の食材にこだわった台湾料理を提供
台湾に通ううちに、好きが高じて本場の味を独学で身につけていったという河村さん。そんな彼女がつくるSUMIの台湾料理は、季節の野菜をたっぷりと使い、お腹にじんわりと沁み渡る健康的で優しい味つけだ。「地元の人にも気軽に来てほしい」と、価格もリーズナブルに設定している。
食材や調味料はすべてを台湾から仕入れるのではなく、菊池産の素材を使うことを大事にしているという。
「お店の大家さんがお醤油屋さんなんです。もう80歳くらいですが、現役で頑張っている方なので、お醤油やお酒はその大家さんから買っています。野菜やお肉も菊池産の新鮮なものを、できるだけこの町で揃えるようにしています。
魯肉飯(ルーローハン)に使うエシャロットとか、この辺では手に入らないものは台湾から送ってもらったり、日本の台湾・中華系の食材を扱っているお店から仕入れたりすることもありますね」
菊池と台湾の食材を組み合わせ、河村さんならではの感性でメニューをアレンジすることで、SUMIでしか味わえない台湾料理が生まれているのだ。
おしゃれな店内にもこだわりがたくさん
河村さんのセンスが光るのは料理だけではない。一歩、店内に足を踏み入れると、そこにはギャラリーさながらのおしゃれで居心地のよい空間が広がっている。
飾られた器や絵画、置物などは日本の作家の手によるものがほとんどで、河村さんが個人的に集めたこだわりの品々だという。
「店内に関しては、あまり台湾は意識していません。自分と同世代の30代や40代で、インテリアやアートに興味があるような方にぜひ来てもらえたら嬉しいなという気持ちで、空間づくりをしています」
窓辺に彩りを添えるのは、庭仕事が好きだというお母さんが育てた季節の花々。朝、庭から摘んできたり、近所の花仲間から譲り受けることもあるという。実は、「SUMI」という店名は、お母さんの名前から取ったもの。あまり深い意味付けをすることなく、親しみやすい響きの名前にしたかったそうだ。
前職の経験生かし、台湾雑貨も販売
前職でイベント企画や商品のセレクトを担当していた河村さんは、その経験や人脈を生かし、お店でさまざまな催し物も企画している。
特に好評なのが、台湾文化を日本に紹介している台北在住のコーディネーター、青木由香さんが営む「你好我好(ニーハオウォーハオ)」のポップアップストアだ。開催期間中は、現地の店舗から直接仕入れた台湾雑貨や洋服をお店に並べている。
「2020年にお店をオープンしてすぐに、東京で初めてコロナの緊急事態宣言が出て、飲食店としてどういうふうにやっていけばいいのか考えさせられる機会が何度かありました。そんなときに、入国制限で台湾に足を運べない人に現地の商品をお届けしようという企画を、縁あって行うことになったんです。
そもそも私は、多分、一つのことだけをずっとやるっていうことがあんまり向いていないんですよね。料理だけでなく、何かしら楽しい企画をお店としてやっていきたいなという気持ちがあります」
客足は好調。地域のためにできることを模索中
お店を始めて3年目。SNSを見て熊本市や県外から訪れるお客さんが増え、そのなかには何度も足を運んでくれるリピーターの方もいるという。オープン当初と比べると、近所の人たちとの関わりも変化し、地元の常連さんも増えた。
「やっぱり田舎の町なので、オープンしたときは、誰がやっていてどんなものを出しているのかって、結構、警戒もされたんですが、私が地元の人間だからということもあって、ちょっとずつ近所の方々も来てくれるようになりましたね」
お店に興味を持って通ってくれる人たちのなかには、近くで会社やお店を経営している人もいる。「小さな町だからこそ、お店で生まれたつながりを大事にして、お互いに協力しながら菊池市に良い効果を生み出していければいい」と河村さんは考えている。
SUMIオリジナルの菊池市マップを作成
そんな地域活性化の取り組みとして、河村さんが手ごたえを感じているというのが、菊池市のおすすめ店を独自にまとめたオリジナルマップ「SUMI MAP」だ。
「遠方から訪れるお客さんが、食事だけしてそのまま帰ってしまうのはもったいない」という思いから、河村さんが個人的に紹介したい菊池市のお店をマップにまとめ、お店に来るお客さんに無料で配っていたという。
「行政が作っている地図やパンフレットは、どうしても地域を万遍なく紹介しているものが多いので、もう少し情報を絞って、『夏ならこの川に行ったほうが良いよ』とか、地元住民ならではの視点で紹介できればと思って作りました。
いろいろな場所に立ち寄って菊池市の魅力を発見してもらえたら、一回きりでなく、また遊びに来てもらえると思うので、そんな流れを多少なりとも作れたらいいなと思っています」
まずは自分の商売を成り立たせ、徐々に世代交代を
「SUMI MAP」は印刷した分はすべて配布終了。今後、増刷するか作り直すかを検討しているところだという。とはいえ、個人のお店だけに、デザインにこだわった印刷物を無料配布するのは簡単なことではない。河村さんは、地域活性化のために、お店の商売が成り立たなくなっては本末転倒だという思いも抱えている。
「今、商店街は、昔から商いをしている上の世代のおじいちゃん、おじさんたちが中心になって頑張っています。私としては、まずは自分のお店をこの町でしっかり商売として成り立たせて、少しずつ世代交代していったときに次の一歩が踏み出せるような流れになればいいなと考えています」
最近、河村さんの以前の職場の同僚が、商店街に新しく台湾スイーツ・豆花(トーファ)のお店をオープンさせた。かつての賑わいを取り戻しているとは言えないまでも、少しずつ新たな明かりが灯り始めているようだ。
「『空き店舗があるからどうぞ』って誰にでも簡単に言えるわけではないですが、『ここでお店を始めても大丈夫なんだ』と思う人が、少しずつ増えていったら嬉しいです。そして、それぞれが商売として成り立ったときに、地域のために一緒に何かをやっていけるといいなと思っています」
自分の目の届く範囲を少しでも良くしていく
最後に、地元にUターン移住を考えている人に向けて、メッセージをいただいた。
「地元に帰ってきたけど性に合わなくてまた出ていった人、帰りたいけど仕事どうしようって迷っている人……いろいろな人を見てきたので、一概に何が良いかは言えないですが.....今の時代、田舎に住んでいるからといって、田舎の生活しか味わえないということは全然ないですよね。旅行に行こうと思えば海外含めてどこにでも行けるし、オンラインでいろんな人と繋がってやれることも増えている。それをうまく活用しながら、生活の基盤に関してはこの田舎で築いていくというのは、一つの豊かな暮らしのかたちになるんじゃないかと思います。
私自身は、お店を開く前、こんな小さい町で何かやるなんて無理だと思っていましたけど、自分が育ってきた町のことはやっぱり一番身近な課題なんですよね。今は、自分の目の届く範囲を少しでも良くしながら生きていくことが大事だと感じています」
念願だったお店を自分が生まれ育った町で開き、訪れる人のお腹と心を満たしている河村さん。小さい頃の「料理で人を喜ばせたい」という原点となった気持ちを、今、故郷で実現している。