移住者プロフィール
佐藤 藍子さん
出身地:神奈川県川崎市、前住所:東京都、現住所:千葉県香取市、職業:俳優
目次
INDEX
- 結婚を機に千葉県香取市に移住
- 2つのタイミングが重なった「乗馬」との出会い
- 田舎暮らしを通じて気がついた「チャレンジすることが好きな自分」
- 人間も一緒に住まわせてもらっているという『横並びの関係』
- 言葉を必要としない動物との暮らしは宝物のような時間
- 子どもの頃から抱いていた“人間である自分”への違和感
- 突風ではなく、心地よい「そよ風」のように地域に溶け込みたい
- 自分の大切な存在が傍にいてくれることは奇跡であり、全て
- 「あえて作らないこと」の素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらいたい
- リスクと向き合って真剣に考える時間を持つことも、生きる上で大切なこと
- ありのままでいられる場所に身を置く幸せは、自然からの贈り物
結婚を機に千葉県香取市に移住
「気がつけば、香取市に移住してから15年ほどの歳月が流れ、すっかり“ここの人間になったな”と思います」
と、穏やかな笑顔で語り始めた佐藤藍子さん。
2007年、結婚を発表し、ご主人の実家が経営する『乗馬倶楽部イグレット』の所在する千葉県香取市に移住した。
東京ドーム約1個分ともいわれる広大な敷地には、馬のほか、犬、猫などたくさんの動物たちが生活を共にしており、動物たちを「息子」「娘」と呼び、我が子のように慈しんでいる様子が、SNSを通じて度々届けられている。
現在は、1日3回の馬の餌やりや厩舎の掃除、ブラッシングなど、約30頭の馬の世話をサポートしており、俳優業との二足のわらじをはきこなす日々を送っているのだとか。
「俳優としての仕事もあり、急な仕事や長期で家をあけることもあるので、がっつりシフトに組み込むのではなく、“隙間産業”をこなしています。常駐のスタッフさんとパートさんがいらっしゃるんですが、急なお休みなどで人手不足の時は、“藍子の手”が入ります(笑)。
今の時期ですと(取材日は9月中旬)、私がメインで担当するのは、草刈りです。今日もこの後、『ここの場所をこのくらい刈ってください』と、主人から指令が入る予定です(笑)。馬たちが美味しい草を食べられるように管理するのも私の仕事ですね」
2つのタイミングが重なった「乗馬」との出会い
芸能界でも動物好きとして知られている佐藤さん。ご家族揃って大の動物好きだという佐藤家は、代々ミニチュアダックスフントを家族に迎え入れており、ブラックタンの毛色が美しい佐藤家の“末娘”「るな」の愛らしい姿も、度々SNSで紹介されている。
そんな佐藤さんに、「乗馬」に興味を持つようになったきっかけを尋ねると、
「2つの“タイミング”が重なり、かつ“条件”に合ったのが『乗馬』だったんです」
と、張りのある声で当時を振り返った。
漫画とアニメとゲームが大好きで、結婚前は”インドア派”だったという佐藤さん。そんな彼女を心配した仕事仲間から、『運動も大切だから、ジムに行ってみよう』と声を掛けてもらい一緒にジム通いを始めたが、“機械と一緒に運動をする”ことが性に合わず、結局長続きせず退会してしまったのだとか。
「俳優業は体力勝負ですし、“このままではいけないな”というモヤモヤは残りました。何より、『年齢を重ねていくにつれ、新たな使命も作った方がいい』という(現在も担当してくれている)ヘアメイクさんからの助言が、なぜだか強く心に刺さったんですよね」
そんな折、佐藤さんにとっての“2つ目のタイミング”が訪れる。
それは、実家のご両親が「競馬」を始めたことだった。お母様がサラブレットの美しさに魅せられたことを機に、競馬の世界に関心を寄せるようになったのだという。
すっかり競馬に夢中になった母親からは、帰省のたびに好きな競走馬の話を聞かされるようになり、佐藤さんも次第に詳しくなってきたのだそう。
その話を競馬に詳しいマネージャーに何気なく話してみたところ、『競馬用語にも大分詳しくなったことですし、競馬のお仕事に挑戦してみませんか』と予想外の打診をされ、グリーンチャンネルの『競馬場の達人』という番組に出演することになったのだ。
「初めて競走馬の姿を目の当たりにしたとき、『なんてキラキラしているんだろう』と、感動しました。
人生初、自分で購入した馬券は、まさかの“ビギナーズラック”で大当たり!“この子とこの子かわいいな”と、直感で選んで当たったということは、『私、馬を見る目があるのかも!』なんて興奮しちゃいました(笑)」
馬が繋いでくれた幾つもの「縁」
ひょんなことから繋がった、佐藤さんと馬の「縁」。
元来動物好きである佐藤さんが馬の世界に魅せられていくのに、時間を要さなかった。
「普段この子たちはどんな風に生活しているのだろう」
やがて馬への関心は、”競走馬”としての一面だけではなく、馬の“生涯そのもの”に寄せられるようになり、競走引退馬のその後を描いた本に触れていく。
知見を深める中で、寿命を全うせずにその生涯を閉じている馬が多く存在する現実を目の当たりにし、ショックを隠せなかったという。競走馬として活躍できるのは、3、4年、長くて5、6年。長生きすれば30年ほど生きる馬の生涯にとって、“ほんの一部分”に過ぎない。
競走馬を引退した後の受入先がなかったがために命を落としてしまうケースも多く、寿命を全うできる競走馬がなかなかいないという現実に、モヤモヤした想いを抱くようになったのだそう。
「例えば、犬猫の保護にも言えることですが、全ての命を保護し、全ての命を生かすということは、残念ながら難しいですよね。だからと言って、全てに蓋をして、まるでなかったかのようにしてしまうことは、やはり無責任だと思うんです。
“引退馬の現実を知ってしまった以上、自分の精一杯でできることはないだろうか…”
そう考えていた時に、『有志を募ってできる限りの引退馬をサポートしよう』というコンセプトのもと、ある団体が発足した会があることを知りました。『物は試し。行ってみよう!』と訪ねることにしたんです。その会の代表こそが、今の義理の母だったというわけです」
現在、義理のお母様である沼田恭子さんは、認定NPO法人「引退馬協会」の代表理事を務めており、競走馬の余生をより良いものにするために尽力されている、お一人だ。
会の代表が、のちの義理の母となる運命なぞまだ知る由もない佐藤さんは、その会の主旨に賛同し、入会。その際に薦められた乗馬体験こそが、人生で初めての“馬との触れ合い”となった。
乗馬体験を通して引退競走馬と心を通わせ、馬の魅力に引き込まれ、なんとその日のうちに乗馬倶楽部に入会。その日以来、“馬のことをもっと知りたい”という気持ちが溢れ出して、仕事がオフの日は必ず通っていたのだそう。
「その乗馬クラブでのインストラクターを担当してくれたのが、主人でした。
馬を通して色々と会話を重ねていくうちに、馬だけではなく、動物全般、ひいては生き物に対する考え方に強く共感して、どんどん惹かれていきました」
佐藤さんが元々動物好きだったことと、『インドアな生活を変えてみよう』という友人からの助言があっての“今”。周りの人の後押しを素直に受け色々なことに挑戦した結果、自分の人生のターニングポイントに繋がったのだ。
田舎暮らしを通じて気がついた「チャレンジすることが好きな自分」
雄大な自然と動物たちに囲まれ、溢れんばかりの笑顔が並ぶ佐藤さんのSNSには、脚立を使いご自身で邸宅の外壁を塗り直す姿や、トラクターや芝刈り機を乗りこなす姿、家庭菜園やガーデニングを楽しみ、畑で採れた野菜を紹介する姿など、様々なことにチャレンジする楽しげな様子が伝わってくる。
インドアだったことが俄には信じがたいほど、器用に何でもこなしてしまう印象であるが、何かにチャレンジすることは昔から好きだったのかと尋ねると、「まったく違います!」と意外な反応が返ってきた。
「昔は面倒臭がりの典型のような人間でした(笑)。私を変えてくれたのは、自分でやらざるを得ないことが多い『田舎暮らし』と、『主人』の影響ですね。
主人は昔の私とは真逆の“やってみないといいも悪いもわからない”と思うタイプ。ある時主人から、『食わず嫌いはよくないよ』と言われ、『それならやってみるよ!』と、急にスイッチが入ったんです。反骨精神に火がついたんでしょうね(笑)。
いざ実行に移してみると、“意外と楽しい”とか“意外と大変”とか、経験の幅が広がっていくことにワクワクしている自分がいることに気が付いたんです。“これはちょっと私には向いてなかったかな”ということもありますが、その経験もまた楽しいと思えて。
外壁のペンキ塗りも“これでお金が浮くんだったらやってみよう”という気持ちでチャレンジしたのですが、集中する作業や淡々と進めていく作業が性に合っている自分を知り、“気づき”を得た機会となりました」
人間も一緒に住まわせてもらっているという『横並びの関係』
神奈川県川崎市に生まれ、活躍の場を東京で展開してきた佐藤さん。今までの生活スタイルを大幅に変え、地方で暮らすことへの不安はなかったのだろうか。
「田舎暮らしの経験がなかったので、少しばかり不安な思いはありました。でも、『主人と生活できる』という喜びが何より大きかったので、“どうにかなるでしょう!”と、ポジティブな気持ちで飛び込むことができました」
今までの生活とは180度違う移住後の生活に、驚くことや想定外のこともあったという。乗馬倶楽部の敷地内に邸宅を新築した時に、「想定外」をしっかりと経験したのだとか。
電気、ガス、水道もなく、電力会社に連絡をして専用の電柱を建てるなど、まさにゼロベースの状態から家づくりをスタートさせたという当時のことを、ユーモラスに回顧してくれた。
「今まで、電話1本で水道もガスも利用できる世界でしか生きて来なかったので、自分たちで家を建てることになった時、『まずは井戸を掘りましょう』と言われたときは、『え!そこからなの?』と衝撃を受けました(笑)
自分たちでゼロスタートからインフラ整備をしなければいけない環境には驚きましたが、私たちは、“動物が暮らしやすい環境”であることにベクトルを置いているので、あえて『何もない』場所を選んで住んでいます。便利な生活とは程遠くて、ウーバーイーツも、おそらく来てくれません(笑)
セミ、鳥、モグラ、馬、犬、猫がいて・・・そこに人間も一緒に住まわせてもらっているという『横並びの関係』がとても心地良く、私には合っているのだと思います」
慣れない田舎暮らしは不便が多く、「想定外」はつきものだ。しかしその「想定外」を、悲観的に捉えるのではなく、「自然の中にお邪魔させてもらっている」という気持ちで、自然に対してリスペクトを持つ佐藤さん。
心の姿勢を変えれば、自然や生き物は応えてくれる。
自然や生き物が秘める魅力に呼応する感性を持つ佐藤さんだからこそ、自然の中で生活をすることに喜びを感じ、生き物の魅力に心揺さぶられ、今に至るのだろう。
言葉を必要としない動物との暮らしは宝物のような時間
乗馬倶楽部には現在約30頭の馬が在籍しているというが、辿り着いた経緯は様々であり、各々にドラマがあるという。
「現役で働いている子のほか、引退馬協会から預かっている子が固定で3頭います。あとは、次の就職先を決めるためや休養のためにいる子が固定で2、3頭いて、その他に、引退馬協会とは関係なく、元競走馬の子も2.3頭いますね。
他の乗馬クラブさんでも、1頭は必ず引退馬がいるのではないでしょうか。そもそも競走馬になれなかった子たちもたくさんいるのですが、周りのスタッフさんが“次の行き先を決めてあげたい”と言うほどに性格のいい子などは、次に繋がる道筋があったりもします。なので、日本の“乗馬クラブ”と“サラブレッド”は、密接な関係ですね」
馬は、動物の中でもとりわけ情緒水準が高いとされ、古くから人間との精神的な交流を深めてきた。アニマルセラピーの頂点とも称される「乗馬療法」は、古代ギリシャの時代から行われており、戦争により負傷した兵士たちの心身を癒す役割も担ってきたという。
感性が豊かであるがゆえ、肉体的にも精神的にもデリケートな面を持ち合わせているという「馬」との信頼関係を築く上で、大切にしていることを尋ねてみた。
「動物は『心』を見ているんですよね。
いくら言葉で『かわいいね』なんて言っても、内心“ちょっと怖いな”と思う気持ちを持っていたら、間違いなく伝わってしまいます。特に、馬は敏感に感じ取ります。
最初の頃は、私の緊張が伝わってしまったのか、馬と上手に呼吸を合わせることができないこともありました。
そんな時に主人から、『犬や猫は体は小さいけど、“捕食する側”だから割と堂々としてる部分もある。でも馬は、体は大きいけど草食動物で自然界では“捕食される側”だから、すごく敏感なんだと思う。賢い馬は、“人に管理されている”ということもおそらく理解しているだろうから、お世話をする人間が“どういう気持ちで自分に接しているか”をすごく見ていると思うよ』
と言われたことがあって、ものすごく腑に落ちたんです。
(馬との)初対面はどうしても緊張するけど、難しく考えずに肩の力を抜いて接して見たら、馬の方も急にリラックスして接してくれたことがあって、『あれ、ほんとだ!』って(笑)。
『人間も動物』だと考えるならば、相手のオーラとも言うべきか、“発しているもの”を感じ取ることってあると思うんです。でも、人間同士のコミュニケーションって、やはり『言葉』をメインに使っているから、言葉に頼ることで感覚が鈍ってしまうのはもったいないなと、思いますね。
言葉なんて必要としない世界で過ごす『今』の暮らしが、私にとってものすごく大切な時間です。動物の前ではカラ元気なんて通用しないし、絶対に嘘がつけないんですよ(笑)」
紡ぐ言葉からも、佐藤さんと動物が“相互に”気持ちをおもんぱかり、温かさに満ち溢れた優しい時間を共にしていることが、容易に想像できる。
子どもの頃から抱いていた“人間である自分”への違和感
「私、子どもの頃から“人間である自分”にどこか違和感を覚えているような子で、学校にもあまり馴染めていなかったんです」
と、当時のことを回顧しながら、動物への想いを吐露してくれた。
「初めて犬を家族に迎え入れた当時は、犬小屋を用意して、庭で飼っていました。
学校から帰宅するとすぐさま犬小屋に入り、その子の匂いを嗅ぎながら『今日こういうことがあったんだよね』と、その日の出来事を報告することが日課でした。まるで理解してくれているかのように私に体を預け、存分に撫でさせてくれていましたね。
ただ傍にいて寄り添ってくれる姿を見て、“言葉なんてなくても、この子は私の心を感じ取ってくれているのかな”と、子ども心に思ったものです」
幼少期から動物と心を通わせてきたことを述懐してくれた佐藤さん。時に人の生きる希望ともなり、時に相手を傷つける刃ともなりうる「言葉」。佐藤さんが紡ぐ言葉一つひとつからは、「言葉」を発した先に「受け取る者」が存在することを、俳優という職業柄、そして言葉を必要としない動物との日々の「心」のやりとりを通じて、肌で感じているからこそできうる「言葉選び」だと感じた。
突風ではなく、心地よい「そよ風」のように地域に溶け込みたい
家族同然とも言える地方の濃密な“繋がり”は、田舎暮らしの魅力の1つでもあり、同時に、不安要素の1つとも言えよう。佐藤さんのように、職業柄、不特定多数の人がすでに自身を知っているという状況は稀であるが、だからこその難しさも存在したはずだ。
「結婚した時に、新聞社やマスコミに結婚することを発表した際、主人の名前も公表したので、地元の人たちは『あそこの人だよね』と、なったらしいんです(笑)。
それでも、“まさかここには(佐藤藍子さんは)来ないでしょ”と思っていた方もいらっしゃったみたいで、近くのスーパーに行くと、『本当にここに来たの!』と、最初の頃は驚かれていましたが、次第に『本当にここに住んでるのね』となり、最終的には『いるね!』といった具合に変化していきました(笑)」
移住前は都内のマンションで暮らしていたというが、壁一枚隔てた場所に住む隣人の顔さえも知らず、“物理的な距離”と“心の距離”が反比例している状況にとても不安を感じていたという。
その経験からも、地方で「繋がりのある暮らし」を育むことに抵抗感はなかったのだそう。良好な人間関係を構築する上で、心掛けたことはあったのか尋ねると、
「定住というのは、”選んだ地で、責任を持って人生を全うすること”だと思っているので、大切に時間をかけて人間関係を育むことを意識していました。最初から大胆に行って誤解が生じてしまうと、その印象を覆すことは難しいですからね。
田舎の人たちは“距離が近い”と思われがちですけど、もちろんシャイな方もいらっしゃいますし、人付き合いが苦手だから、田舎の中でも特に田舎に住んでいる方もいらっしゃいます。
“一人ひとりにバックグラウンドがある”ということをリスペクトしながら、お付き合いすることを心掛けています。
ご自身の意思で移住される場合、土地の雰囲気や人の印象など、自分の琴線に触れる“何か”を感じて移住先を選ぶことが多いと思うのですが、その地方性を作ってくださったのは、元々住んでいる方やその環境を守ってくれている方なんですよね。それを忘れてはいけないと思っています。
新しい風も、突風ではなく心地よいそよ風なら、受け入れる側の印象も全く違うと思いますから」
移住・定住は人生における一大決心を伴うものだ。どうしても自分たちのことだけを考えがちになるが、“逆の立場だったらどうだろう”という思考を持って、受け入れてくれる側のことも考えることで、お互いに気持ちいい関係を築くことができる。
「私も最初からできていたわけではなく、後から感じたこともあるので、経験談として心に留めてくださったら嬉しいです」
優しげに語る彼女は、まるでそよ風そのもののようだった。
自分の大切な存在が傍にいてくれることは奇跡であり、全て
佐藤さんにとって、生きる上での「豊かさ」とはどのようなことなのだろうか。どんなことに“幸せ”を感じ、真の“豊かさ”を感じるのか尋ねると、
「お金で買えないものですね」
と、迷いなく答えてくれた。
「お金は、人間が生きていく上で必要なものですよね。でも、『人』や『自然』など、本当に欲しいものは、お金では買えない。変な意味ではなく、最近、自分のことはどうでもいいと思えるんです(笑)
主人がいて、馬がいて、犬がいて、猫がいて・・家族は家族だけど相手にも感情があって、それは誰にもコントロールできるものではない。だからこそ、自分の傍にいてくれることが“奇跡”であり、それが“全て”なのかな、と感じます。
自分の大切な存在が幸せに暮らせる環境を守ることがこの上ない私の幸せですね。
いい意味で“何もない”場所に身を置いているからこそ、自分よりも大切な存在がそばにいてくれることに、幸せを感じられるのかもしれません。
そんな幸せに気が付くことができたのも、私がこの場所に住むということに対して、地元の人たちが温かく受け入れてくださったからこそだと思っています。本当に恵まれていますね」
と、語る佐藤さん。その慈愛に満ちた眼差しの向こうに、香取市での暮らしの多幸感が広がっていることを感じた。
「あえて作らないこと」の素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらいたい
スマホ1つで何でも手に入る世の中になり、少しの不便さにもストレスを感じるようになった現代社会。便利さに恩恵を受ける一方で、「自身で感じ、考える力」が失われていることは紛れもない事実であり、“便利さ”と“不便さ”のアンバランスに疑問を感じている人も少なくないだろう。
佐藤さんもそんな現代社会の構図に違和感と徒労感を感じている一人だという。そんな彼女は、「人」が本来あるべき「動物」としての感覚を持ち合わせる場所を提供すべく、香取市で挑戦したいことがあるのだという。
「いい意味で“何もない”場所に身を置く経験は、本来人間には必要なことだと思っています。この素晴らしさをもっと色々な人に経験してもらうために、今の環境を維持して保全する活動をしたいと考えています」
自然や土地をそのまま維持するためには、賛同する人が周りにいないと、人工物がどんどんと作られてしまうことに繋がる。
「“物を建てる”ことはいつでもできますが、一度壊してしまった自然を再生させることは大変なことです。”自然“風(ふう)”に作ることはできますが、自然“そのもの”は容易には取り戻せません。
だからこそ『あえて作らないことの良さ』を理解して頂き、人工物の音が存在しない、自然の音だけを感じられる空間を極力維持していきたいですね。その実現のために、今体を動かせるうちに働きます(笑)」
リスクと向き合って真剣に考える時間を持つことも、生きる上で大切なこと
最後に、これから移住を検討または実行する方に向けてメッセージをお願いしたところ、人の数だけ移住の“カタチ”があり、「一つとして同じ移住は存在しない」ことを配慮した上で、ご自身の経験談を語ってくれた。
「移住は楽しい側面だけではないので、突き詰めて考えることの空恐ろしさや不安感を持つ方も多いと思います。でも、“100%楽しいことって人生にはない”と思いますし、リスクと向き合って真剣に考える時間を持つことも、生きる上で大切なことだと思います。
不安と対峙した時に、そこに蓋をするのは簡単なことですが、真正面から向き合い、突き詰めた上で、たくさん準備をしてほしいですね。
移住する側は『人生を賭けて行く』わけですから、そこに対してどれだけサポートをしてくれるかということは、その地に住んだ後のコミュニティに直結すると思うんです。
疑問点があれば行政にどんどんと投げかけて、懸念材料をなるべく削ぎ落した上で実行して欲しいですね。朝、昼、晩、時間帯によって街の雰囲気が違うと思うので、全ての時間帯を体感できるよう、滞在してみることをお薦めします」
移住先の生活に何を求めるかは、一人ひとり違うものであり、“自分自身にしかデザインできない”ものだ。自身の思い描く移住を実現するためにも、時間と費用の許す限り、移住先の候補地を訪れ、他の誰でもない自身の「感覚」を確認しておくことが必要だと、先輩移住者としてアドバイスをしてくれた。
ありのままでいられる場所に身を置く幸せは、自然からの贈り物
「あまり言葉が上手な方ではないので」と言いながらも、終始笑顔を絶やさず、自身の心に語りかけるように、丁寧に言葉を紡いでいた姿が印象的だった佐藤さん。
物質の豊かさが当たり前のことになりつつある現代社会において、物質的な欲望から自身の心を解放することは容易ではないが、人間が介入できない自然の中に身を置いたからこそ、彼女は本来の自分のあるべき姿を見出すことができたのだろう。
自身の心と対話する“気づき”の時間は、自然からの最大の贈り物なのかもしれない。
人生に余白を生み出し、その余白を自分色に彩る彼女の自然体の姿にこそ、人々は惹かれ、勇気づけられるのだろう。