移住者プロフィール
山中 佑允さん
出身地:徳島県鳴門市、前住所:埼玉県、現住所:徳島県鳴門市、職業:さつまいも農家、エンジニア、デザイナー「PilotLAB(パイロット・ラボラトリー)」代表
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栽培している作物を教えてください。
山中佑允さん(以下、山中):徳島県鳴門市で生産され、さつまいものトップブランドとして長年全国で親しまれる「なると金時」です。
中でも、旧吉野川の河口付近に位置する里浦町で作られる「里むすめ」は、そのきめ細かく美しい外見と、上質な甘みから、なると金時の最上級ブランドとして知られています。
農園の経営と移住までの経緯を教えてください。
山中:山中農園では「里むすめ」を半農半エンジニアとして親子2代でつくり続けています。
父は学生時代自作のラジコンモーターボートの大会で西日本チャンピオンになるなど技術力を持ち、30歳で機械メーカーから転身、実家の農家を継いでからもその技術力を発揮したんです。
収穫したさつまいもを入れた箱を貯蔵庫内に積み上げる電動リフトや、カートンから出荷用の段ボール箱を作る機械、自走式の乗用芋掘り機を製作するなど、分野横断的な知識で専門メーカーに負けず劣らず、農業の機械化、省力化に取り組んできた半農半エンジニアです。
そんな父の背中を見て育った私もエンジニアの道を選択し、大手自動車メーカーに就職しました。ハイブリッドや燃料電池で走る、世界一・世界初の未来型電動オートバイの研究に携わる企業エンジニアとして、日々奮闘を続けてきました。
節目を迎えたのは34歳の頃です。自分自身の人生のこれからについて、故郷に残した家族のことについて見つめ直す中で、少しづつ「地元に戻りたい。」「家業を継ぎたい。」という思いが溢れてくるようになり、埼玉県から故郷の徳島県鳴門市へUターン移住しました。
就農について不安はありませんでしたか?
山中:最初は小さい頃から農作業の手伝いをしたことがあったので、就農について不安はありませんでした。でも実際にやってみると屋内での仕事が主体の研究職であったこともあり、自分の体力のなさ腕力のなさに愕然としましたね。
また、家族と一緒に働くことの喜びを感じる一方、畑違いの分野への挑戦、30年以上のキャリアを持つ父ともギャップを感じることがありました。
農業については、新入社員のようなものでした。自分なりに提案をすることもありましたが、ほとんどのアイデアはすでに父が試したことがあるものだったり、なかなか効果的な栽培法を実現することが出来ず、悶々とすることもありました。
それでも農業が楽しいと感じるのは、父の農業に向き合う姿勢や考え方を尊敬しているからだと思います。
父は、土壌消毒薬を精密な分量で噴射できるポンプを独自に作り、環境やさつまいもへの負荷を最小限にしたり、芋を植え付ける畝の成形機を独自に製作するなど、エンジニアとしての技術を活かし、さつまいもの栽培を改良しながら、出荷時には1本1本丁寧に見極め、良いものを出荷し続けることで市場の信頼を得てきました。
私は子どもの頃から、お客様に安心安全で美味しいものを提供することに精神誠意向き合う父の姿を見ていたので、一緒に働きだした今、子どもの頃には見えなかった苦労や努力を目の当たりにしたことで、あらためて農業の奥深さと父の仕事への姿勢について考えさせられました。
エンジニアのお仕事についてはいかがですか?
山中:エンジニア活動のきっかけとなったのが、「手元を照らすLEDの灯りが欲しい。」という母の一言でした。メーカー勤務時には先進的な研究を行う部署に配属されたこともあり、自分の研究したプロダクトが世間の目に触れる機会がほとんど無く、退職時に心残りがあったんですね。
せっかく作るなら世の中に出して恥ずかしくないもの、自分自身の技術と感性で社会に貢献できるような、世界で一つしかないプロダクトを製作して母に贈ろうと頑張りました。
幸いにも我が家では、エンジニア系半農半Xを実践していましたので、納屋にフライス盤や旋盤、ボール盤、溶接機などの工作機械があるほか、2階にある研究スペースには電子機器用の計測機器や各種工具・様々な電子部品が揃っており、さながら町工場のように設備が整っていました。
試行錯誤を繰り返すこと6ヶ月。こうして生まれたのが、「花を飾るように光を飾る」をコンセプトにフランス語でFluer(花)+lumiere(光)を組み合わせたLEDテーブルランプ「Flumie(フルミエ)」です。ここから私の半農半Xとしての生活がスタートしました。
どのような経緯でPilotLAB(パイロット・ラボラトリー)は始まりましたか?
山中:「Flumie(フルミエ)」を母はとても喜んでくれました。これを見て強く興味を持った建築家の叔父にも贈ったところ、建築事務所を訪れる人たちに口コミで評判が伝わり始めたんです。
そしてこれまで全く見たことがないその斬新さに、有り難いことに商品化を求める声が上がりました。
エンジニアとしてよりよいプロダクトを作りたいという想いがあったので、農作業が忙しくなる時期になると家族を手伝いながら、「Flumie(フルミエ)」の改良を重ねました。何度も何度も試行錯誤を繰り返し、気の遠くなるような精密作業を繰り返していきました。
すると、他にないデザインと美しいフォルム、シンプルながら奥深いプロダクトの評判は、東京での照明展示会からさらに広まりました。照明メーカー、バイヤーなどから好評をいただき、徳島県とともにドイツで2年に一度開催される世界最大の照明の展示会にも参加しました。
徳島県庁の受付や、県立21世紀館、県内企業の本社ショールーム、欧州本部にも製品を置かれるなど、国内外から高評価をいただきました。
その後、“ひとりメーカー”としてPilotLAB(パイロット・ラボラトリー)を創業し、Flumieの製造・販売を行いながら、大学の研究などで利用されるLED応用研究開発に使用する専用機材開発事業なども手掛けるようになり、今の半農半Xの形に落ち着きましたね。
農業を通して、家族とかけがえのない時間が過ごせることに充実感があります。農業とエンジニアだと頭の切り替えが大変な部分はありますが、工業分野でも自然から学ぶことは多いので、農業はクリエイティブな仕事にもいい影響を与えているのではとないかと思います。
半農半Xの体現者として実際のところはどう感じていますか?
山中:今では父が専業、私が半農半Xという形で、2人で農業に携わっています。芋植え・芋掘りなど負担の大きい作業は2人で。
畑の維持管理などの比較的軽い作業は分担することで上手くバランスをとっています。言うまでもなく、半農半Xだからといって農業を妥協することは全くなく、味はこだわっています。
うちのさつまいもはトースターで焼くだけで、まるでスイートポテトのようにふわっと香る乳製品のような良い匂い、そして上品な甘みと後味が特徴です。余分な調理をせずにトースターで焼いたり、蒸したりするだけで十分だと自信を持っています。
良いモノを作っていることへの自負はあります。ただそれ以上に地域に素晴らしい仕事をされる農家が本当に多く、頭が下がる思いです。
この里浦のブランドを守る一翼を担えたらという思いもありますし、何より口にしてくれた人の「美味しい」の声が聴けることが一番だと思いますので、妥協することなく親子でこの味を守りたいなと思います。
また、エンジニアとしての活動も一つの節目を迎えようとしております。 「生前の母から課題をもらっていました。
それはプロトタイプにとどまらないFlumieの量産化です。今考えると、母は私が学んできた技術や考えが形となり、まだ世の役に立っていないことを憂い、Flumieを通じて世に生かされることを望んでいたのだと思います。
母のために心を込めて作った形のまま、なるべく多くの皆様にお届けできるようにするにはどうすればいいのか。試行錯誤の毎日です。
半農半Xに挑戦したい人へのメッセージをお願いします。
山中:私自身、半農半Xというライフスタイルにはとても満足しています。自分の人生を評価する上で、「自分が何を生み出すことができたのか。」ということを大切にされる方には、汗水流しながら愛情を込める農業という仕事は、苦労がある分充実感があってマッチするのではと思います。
それに、自然に触れること、自然から教わることで、自身の考えも自ずと変わってくることもあります。楽な仕事ではありませんが、半農半Xという人生はとても面白い選択肢だと思っています。