移住者プロフィール
齊木 圭介さん
出身地:兵庫県芦屋市、現住所:山口県山口市、職業:漁師
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山口市へ移住した経緯を教えてください。
齊木圭介さん(以下、齊木):私は兵庫県芦屋市の出身で、神戸にある水産会社でアルバイトをしていました。市場の中にポツンと1軒だけ、二艘引きと呼ばれる漁の仕方でちりめんやイカナゴを獲る漁師さんがいて、アルバイト先の水産会社と付き合いもあったことから、時々漁を手伝っていました。
奥さんとは兵庫で知り合いました。広島県の出身です。もともとは周南市のペットショップで働いていたのですが、なじみのない兵庫に転勤になっていた時でした。
奥さんの体調が悪くなってしまい、(奥さんの)お父さんの故郷がある山口市秋穂に帰ろうか、ということになりました。秋穂にはお盆や正月によく帰っていたので、奥さんにとっては親しみのある土地でしたし。
なぜ山口でこの仕事を始めたのですか?
齊木:水産会社で働いていたし、漁師さんを手伝っていたこともあったので、漁協で漁師として雇ってもらえないかと思い、2010年4月に、山口県漁協の大海支店を訪ねました。実際には漁師は個人事業主で、漁協の職員ではないことや、漁業就業支援制度についてなど、まったく知識がなく、就職するぐらいの気持ちで漁協を訪ねたのは今考えると赤面するぐらい恥ずかしいですね。
大海支店で相談して研修制度のことを知り、長期研修を受けました。研修では、7月から刺し網でカマス、9月からたて網でカニ、11月からはえ縄でトラフグ、1月から小型底曳きでナマコ、4月から3枚立てでカレイと、複数の種類の漁を経験し、その中から独立するときにはレンチョウ(舌平目)やナマコなどを捕る湾内操業を選びました。
理由は、体質的に船酔いが激しいから。湾内なら波も穏やかで船の揺れも比較的少ないですしね。
湾内操業には3トン未満の船を使います。船は、研修の時に指導者になってくれた人を通じて、漁協の他支店に話をしてもらい、40万円くらいで入手しました。修繕は見よう見まねで自分でやっています。網も秋穂の網屋さんに通って、縫い方やどうしたら魚がよく入るかを勉強しました。
現在の状況と移住後の感想を教えてください。
齊木:研修は本来2年間ですが、カレイが終わって次がまたナマコ漁の研修だったので、ナマコはもういいと思い、1年半で切り上げて2012年1月に独立しました。
独立して3年は、網の工夫や、色の変わりやすいレンチョウ(舌平目)の保存の仕方など、試行錯誤して苦労しました。当時は自立化支援事業もなくて、独立したらすぐに自前で食べていかなければならなかったのでしんどかったです。
でも、性格的に、追い込まれたからこそ本気で頑張ったところもあると思います。それと、子供が生まれたのも大きかったですね。
よく、海が好きでとか船が好きで漁師になったという人がいるけれども、自分は海も嫌いだし船酔いをするから船も嫌い。漁師は仕事として割り切ってやっています。
とは言え、工夫をすることで水揚げ高が上がって、それが収入に反映されることは醍醐味。努力を続けて、仲買さんの期待に応えないと、と思います。
レンチョウは保存の仕方がまずいと赤みが出てしまいますが、保存を工夫することで真っ白なまま仲買さんに持って行ってもらえる。そこに価値を見つけてくれて、単価も上がるし、名指しで買ってもらえるのもやりがいを感じます。
地方への移住にあたり不安だったことは?実際はいかがでしたか?
齊木:地元ではないので知り合いもいないし、最初はしょっちゅう兵庫に帰っていました。山口に来て1年後くらいにフットサルを始めて、そこで仲間ができてからは変わっていきましたね。
漁師仲間に30代の若い世代が多いこともあり、和気あいあいとやっています。
山口の魅力を教えてください。
齊木:空気がきれいでお米が美味しいです。
子育ての環境が良いと思います。都会と違って、ご近所のおじいちゃん、おばあちゃんと子供との付き合いがあります。
長男は、隣のおじいちゃんの家によく遊びに行っています。捕れた魚を持って行くと、お返しに野菜が返ってくることも多いのですが、みんなが同じ野菜を持ってくるのが悩みです。
子供は5才の長男と2才の長女がいます。長女が生まれたのをきっかけに家を建てました。隣が空き家なので、引っ越しの時はそこに仮住まいができたので楽でした。
山口に住んで戸惑ったことはありましたか?
齊木:雪がよく降ると感じます。船の上を雪かきするなんて、神戸では考えられない。台風も多いように思います。
地震はないですね。小学校3年生の時に、自分は阪神淡路大震災を経験していて、当時はマンションの18階に住んでいたので、ものすごく揺れて怖かったです。
今後の展望をお聞かせください。
齊木:漁師は漁に出てなんぼ、捕ってきてなんぼだと思っています。その次は質を上げること。とりあえずは海に出続けて、経験値を積み上げてスキルを上げる。捕った魚を大海支店が取りまとめて北九州など遠方の市場に持って行って1円でも高く売ろうとしてくれるのはとてもありがたいので、大海支店が続いていく為に、自分は魚を捕ってきます。
大海支店の隣にJF大海直売所ができたことやレノファ山口のホームゲームでタコ飯を販売したり、山口のお魚のおいしさを広めるための活動にも積極的に協力していきたいですね。
鉄工所や網屋さんも後継者不足の問題があり、そこが無くなってしまうと漁師としても船の修繕や網の修理などが大変。漁師を続けていく環境づくりとして、鉄工所や網屋さんといった関係事業の承継も、県などの自治体には考えてほしいです。
移住を考えている人・移住してきた人にアドバイスをお願いします。
齊木:自分が漁業就業したころに比べると県や市の支援制度がとても充実しています。スキルがつくまでの不安も自立化支援事業などを活用すれば安心ですね。
それと漁師をするには、網を縫ったり自宅での作業をするためにアパートではなくて一軒家が良いんですが、生活・生産基盤事業などを活用すれば借家の改修費用等の助成もあります。
漁獲高の低迷や漁業就業者の高齢化などいろんな課題がありますが、大海支店は若いニューフィッシャーがたくさん入ってますので、ライバルとして切磋琢磨できる相手もいるし、漁協の職員さんも頑張ってくれるとても活気がある漁協なんです。
東京や山口などで漁業就業フェアなどニューフィッシャーを募集するイベントが各地で行われていますので、是非話を聞きに来て欲しいですね。
出典: 先輩移住者の声 齊木圭介さん