移住者プロフィール
柴田 圭さん
出身地:愛知県名古屋市、現住所:山口県萩市、職業:48K代表
目次
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移住のきっかけは、家族との時間を大切にするため
今この瞬間の我が子とのかけがえのない時間を、大切に過ごしたいー。
広島でスポーツクラブの会社員をしていた柴田さんが、山口県萩市への移住を決めた最大の理由。それは、家族との時間を増やしたいためだった。前職のスポーツクラブでは2〜3年おきの単身赴任や出張が多く、このまま環境を変えなければ子どもと一緒にいられる時間が減ってしまうと感じたという。
「結婚して子どもが生まれ、今後の人生をどう生きるか考えるようになりました。たとえば10年後、日本は今とは全然違う教育環境になっていて、娘や息子がそばにいないことが当たり前になるのかなって。子どもとの時間を増やすためには、移住が必要だと考えました」
萩市の「健康課題」に日本の未来を見る
萩市への定住を決めたのは、前職との繋がりだった。柴田さんは、萩市の「健康課題」に、未来における日本の縮図を見たという。
「前職の仕事(スポーツクラブ)の関係で、色々な自治体とお話をさせていただく機会があり、それぞれの自治体で健康課題を多く抱えていることが分かりました。そうしたなかで、健康課題を自分ごととして捉えるようになったのです。
私自身が社会の中で価値を発揮できる場所を探していくなかで、いくつかの自治体が候補に挙がりました。そのうちの1つが、萩市でした」
萩市は高齢者が多く、高齢者比率が43.4%(2020年)。10人に4.5人が高齢者だ。同年の日本全体の高齢者比率は、28.7%。1994年に14%を超え、日本の高齢化率は上昇を続けている。内閣府の将来人口推計では、高齢者人口は今後も上昇し続け、令和47年(2065年)には40%近くなると予想されている。
「数十年後の日本の縮図が萩にあるなと感じました。私ができることで萩の課題が解決できれば、未来の日本に何か渡せるかなって思ったんです」。
オリジナルな文化が残る萩市の特性と魅力
柴田さんは移住してみて、萩市独自のオリジナルな文化や風土を感じたという。
「萩市には全国チェーン系のビジネスホテルがありません。県外からの企業が多く入っておらず、研修や出張などで外から人が来ることは少ないと感じます。つまり外からの影響を多く受けていない街なんです。しかし言い換えれば、『全部、自分達で賄っている街』ということでもあるんです。
インフラ的に不便な面もあり、外のモノを良くも悪くも多く入っていない状況。そのため"自分たちに無いものを、自分たちが既に持っている代わりのもので補う”というオリジナルな文化が構築されているような気がします。そのため、不便さは多少ありますが、それが逆に"萩らしさ”でもあるなと思っていて」
世界遺産の街と謳われる萩。城下町の風合いや昔ながらの文化が残る萩市は、都会の喧騒とは異なるゆっくりした時間が流れる。
「都会にあるような造形物が少なく、高層ビルがありません。都会で車を30分走らせても景色はあまり変わらないけど、萩ではまったく違う景色が楽しめます。さらに渋滞もなく、ストレスなく車でいろんな所に行ける。以前より車の価値が高まったように思いますね」
萩市でテニススクールとスポーツショップを運営
現在柴田さんは、萩市でテニススクールとスポーツショップを運営している。テニススクールを月額制で開講しており、現在100名ほどの生徒が在籍中だ。
2021年の4月からスクールを始め、場所は萩市内のコートを借りて行っている。
「私が岐阜・福岡で仕事をしていたときに知り合った二人がスタッフとして働いてくれています。会社を辞めて新しく事業を始めることを話したら、『面白そう』と飛び込んできてくれました。
はじめのうちは、自分一人が食べていけるかわからない状態で、スタッフを雇えるか不安もありました。しかし、飛び込んできてくれた二人のおかげで考え方が変わりました。いちばん身近な人たちを幸せにできないようじゃだめだなと」
柴田さん含むスポーツショップ「48K」のメンバーで始めたのが、萩市の観光施設「マリーナ萩」内にあるテニスコートの清掃活動だ。テニスコートは、「マリーナ萩」の利用者減少で廃墟と化していたが、48Kメンバー、市民有志の方々らの協力で無事再生された。
移住、起業、地域を巻き込んだ清掃活動
これまでのお話を伺っていると、行動力と周囲を巻き込む力に溢れているように見える柴田さんだが、本人は「行動力」という言葉がしっくりこないという。
「行動力…ってなんですかね。私たちがやっていることは、きっかけ作りでしかないと思うんです。皆が漠然と思っていることや『こうなったら良いだろうな』と思う物事に対して、ただきっかけを作り形にしているだけです。だから、自分に行動力があるという感覚はないんです」
幼少期から、柴田さんは自ら旗を振って周囲をリードする性格ではなかったのだそう。
「クラスで誰かと誰かが言い合って喧嘩をしているとき、それを外野から見ていて、『こうすれば解決するんじゃないかな』って提案するようなタイプでした。自ら何か率先するのではなく、きっかけを作って一緒に動き出すけど、それを見ている時もある、みたいな」
活動はすべて、自発的に集まったメンバー
港を楽しめる萩市の観光施設「マリーナ萩」は、近隣観光地や宿泊施設が閉館したことにより利用者が減少。柴田さんは、以前からマリーナ萩の充実したロケーションに着目していたという。
「海沿いにあるテニスコートなんですよ。すぐ近くに芝生広場があって。野外音楽イベントとかもやれるような。今後はテニス大会や合宿地誘致なども行い、活性化させていけたらと思っています」
2022年4月1日、7年間眠っていたテニスコートは、県からの許可を得て無事使用可能に。
苔だらけだったテニスコートの清掃作業は、はじめは柴田さん含む「48K」スタッフ3人のみで行われていた。その活動が次第に知られるようになり、テニススクールの生徒や、市民有志の方が集い清掃活動が活性化するようになったのだ。
柴田さんは、当初テニスコートの清掃活動を誰かにお願いするつもりはなかったという。
「メンバーは、口コミだけで集まったんです。そもそも誰かにお願いするつもりもなくて、私たち3人だけでやろうと思ってました。やっていくうちに段々と活動が広まっていき、『一緒にやりたい』って言ってくれる方がでてきてくれたという感じですね」
これも、柴田さんならではのきっかけ作りだ。
自分たちが強い想いをもってテニスコートの清掃活動を行う。活動に共感する人が集まり、濃い繋がりができる。それは地域課題に気づくことにもつながる。
「活動をする際に、先に人を集めてしまうと、濃度の低い人が集まるケースが多いんです。そうではなく、自分たちが正しいと思うことをコツコツやり続けていれば、その活動に共感した方が来てくれる。そういう方って間違いなく濃度が高いので、分かり合えた状態で始まっていけるんです」
無理に集客はしない。共感し合った人同士で作る濃い繋がり
柴田さんは、自身のSNSでも活動への集客はしないよう徹底している。
「SNSでは、『こういう思いやビジョンがあって取り組みをしてます』という発信だけしています。
そうすると、そのビジョンに自分を重ねたいという人が来てくれる。実際に行動に移して、自分が重ねたビジョンが見えてきたら、それに幸せを感じる。更なる幸せを感じたいから提案してくれる。幸せを感じてもらえれば、その人は活動を続けてくれる。
それってもう、すごく濃い状態の繋がりじゃないですか。だから、無理に集客はしなくて良いと言い続けています」
柴田さんは、萩市の課題や潜在的なニーズを形にできないかと考えていた。そんななか、廃墟となったテニスコートを見て、「これだ」と思いすぐに行動に移したという。
「私は"きっかけ作り"を"テニスコート“というツールを使って行っただけなんです。萩に人が集まってくれるきっかけになるかもしれないと思ったので。
コートが復活することで、観光客が増えたり、合宿地誘致、テニス大会が開催されるかもしれない…全国から来ていただき、ここでたくさんのつながりが生まれる。そういう未来を描くことができると思いました」
自発的だからこそ生まれたボジティブな流れ
迅速ながら静かに始まった清掃活動は、いつしか市民・市役所・市議会議員・市長…様々な分野の人達を動かす大きなハリケーンとなった。
「市役所の方も、熱心に県との協議を重ねて下さいました。熱い想いをもちながら県庁にかけあってくれた。県庁の担当者も共感してくれて、動いてくれた…。
いろんな方がそれぞれの持ち場でできることが重なり合い出来上がったことでした。だから『皆さんで頑張って一緒にやりましょう』って言ったことは一度もないんですよ」
柴田さんの思いと、地域の人々の思いが重なり合ったポジティブな一連の流れは強制ではない。関わった人たちが皆自発的だったからこそ生まれたものなのだろう。
「そこじゃなきゃいけない理由」があれば移住は楽しめる
移住先を萩市に決めた理由は、「高齢化」という地域の課題を解決するという目的があったという柴田さん。
かつては栄えていた萩市の商店街は、観光客の減少や高齢者の増加により、現在は閑散としている。そんななか、柴田さんはあえて地域課題の核となる部分(商店街の真ん中)に入り込み、交流を図った。
商店街にかまえたスポーツショップやテニススクール、毎月最終日曜日に企画している交流イベントを通し、地域の方々とコミュニケーションを取り関係を築こうと試みている。
「そうすることで僕らの本気度も伝わるかなと思って。リスクはあると思ったんですが、きちんと正しいことをやり続けていれば、『あの人たちは本気よ』と言ってもらえるんじゃないかって気持ちがありましたね」
一方で、移住者が住民と馴染むことの難しさも語ってくれた。
「移住先を"なんとなく”で選んでいる移住者もいますが、私は”その土地でなくてはいけない理由”があることも大切だと考えています。『補助金がもらえるから移住しました』とか、『空気が美味しくて景色が良いから』という漠然とした理由だけだと、地域に馴染んでいくのは難しいのかなと」
補助金や支援制度で移住場所を選ぶことの是非は、移住者コミニュティの間でも度々議題にあがるテーマだ。
「自分の時間やお金を投資する覚悟がなければ、移住は難しいと思います。ただ今は、ワーケーションで移住する人も多くいます。二拠点生活として、もう一つのコミュニティスポットを自分で作るという方もいますし、それもアリだと思います」
その地域で何か成し遂げたかったり、地域に馴染みたいと思うのであれば、”そこに移住する理由を明確にする必要がある”と語ってくれた。
萩市を「テニスで変わる地方の街」に
そんな柴田さんの今後の目標は、萩市が抱える健康課題を解決させられる「テニスを街の文化」にすることだ。
「テニスは、年齢・性別関係なく皆で一緒にできるスポーツです。うちのスクールでも、70歳代の方と小学生が一緒にプレイすることもあります。それが、ほかのスポーツでは表現しきれない魅力だと思っています」
現在厚生労働省では、健康的な一週間の運動活動量というのが定めている。テニスはアクションや瞬発的な動きが多く、理想的な活動量を効率よく稼げるスポーツだと柴田さんは語る。
「テニスが健康的なスポーツだということがデータや数値で示せれば、萩市でもテニス人口が増えると考えています」
柴田さんは今後、大阪大学大学院医学系研究科と連携し、萩市の健康課題解決のための取り組みを行う予定だ。
東京オリンピックで選手のサポートも行っていた大阪大学。そのノウハウやテクノロジーを駆使した「スポーツ医学」の概念をもとに、東京オリンピックやその後の国際競技での日本選手の活躍のみならず、ジュニアからシニアまでの身体活動の向上、ヘルスケア分野の発展、健康寿命の延伸とそれを実現する社会システムを構築する。
これを高齢化が進み健康課題を抱える萩市にも反映できないかというものだ。
※サイバースポーツコンプレックス構想
「たとえば万歩計のようなデバイスを身体に付けることで、心拍数と活動量のデータが送られ、24時間健康診断を受けているような状態がつくれる。少し発展させれば診断の数値がズレたときに瞬時に医療サポートが入る、というような仕組みも実現できるかもしれません。
それは見守りサポートのような機能も果たします。一人暮らしや集落での生活も安心してできるようになります。
このように健康状態を管理して高度な医療サポートを受けられるようになれば萩市の介護医療費は間違いなく削減できる。そして、高齢者の方にとってより安心して暮らせる街になれば、今後団塊の世代の人たちが萩市に移住し始めるかもしれません。
そうなれば人口減少問題にも寄与できるのではないでしょうか」
さらに大阪大学のテクノロジーを活用し「テニス」が健康に及ぼすポジティブな影響も数値化できれば…と顔を輝かせる柴田さん。
「『健康』って感覚的なものなので、数値で測れなかったり化学的なデータが取れていないものがほとんどですよね。それが、テクノロジーの力が入ることによって見える化されるようになれば、テニスはさらに輝けるスポーツになると思います」
萩市で健康サポートモデルを作る取り組みが数十年後の日本の未来にも繋がり、全国で応用できるようになれば、明るい未来が訪れるかもしれない。
一人の移住者が、テニスを通じて地域の健康課題と向き合い、地方創生へと導いていくー。
その影響は今後どのように広がっていくのだろう。明るい兆しをもたらす柴田さんの取り組みに、今後も目が離せない。