移住者プロフィール
仲西 康至さん
出身地:奈良県、前住所:北海道深川市、現住所:鹿児島県肝付町、職業:生活アドバイスまごころ 代表、一般社団法人リアン 理事、ファイナンシャルプランナー、移住プランナー、地域プロジェクトマネージャー
目次
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人生の転機。それは愛妻の一言から始まった
大阪の商社で働いていたときは年に100回ほどの出張があり、家族との時間はほとんど取れていなかったという仲西さん。奥様から『会社をやめて欲しい』と頼まれたことをきっかけに、思い切って17年勤めた会社を退職し、北海道移住を決断した。その時のことを仲西さんはこう懐古する。
「今では『ライフワークバランス』という言葉が主流になりつつありますが、当時はそんな時代ではなかったので、仕事よりも家族との時間に重点を置く生活スタイルは、同僚の人達から冷たい目で見られることもありました」
退職されるとき不安はなかったのかたずねると、
「子どもは小学校3年生だったので、一定の収入が無くなる不安はありました。これから教育費も必要になりますし、正直一大決心でした。その時にはもう移住することを妻も賛同してくれていたので、迷いなく踏み切ることができました」
いちばん近くでご主人を見ていた奥様は、これ以上家族のために身を粉にして働く姿を見ていられなかったのだろう。働き盛りだった仲西さんにとって、商社を辞めることは、周囲から見たら信じられない行動だったに違いない。
それでも仲西さんは、思い切って一家で移住の決断に踏み切った。ここから仲西さんの運命は大きく動き出す。
住むなら観光地より農業地帯。自然の恵みと近所の人達からの温かさに触れて
「最北端か最南端のどちらかにしよう」
最初移住先を決める時、奥様は最南端、仲西さんは最北端の2つに意見が分かれたという。話し合いの結果、仲西さんが希望していた北海道に決まり、17年前一家で深川市に移住。
週末には親子でドライブを楽しみ、冬になれば、自宅近くのスキー場で楽しい時間を過ごしていた。
移住後は地域の人達と共に、子どもの成長を見守る環境へと変わったと語る。
「家に帰ってきたら玄関に野菜を入れた袋がかかっていることが度々あります。野菜は買わなくても近くの農家さんが持ってきてくれるのです。常に地産地消の新鮮な採れたての野菜が、すぐ食べられる環境はありがたいですし、何よりその気持ちが嬉しいです。
逆に観光地は大変です。物価は高いですし、農産地も少なく地域外の人達の出入りがあるため、交通渋滞に悩まされたりすることもしばしばあります。
農業の町は暮らしやすいですが、観光地は住むところではなく、観光に行くところだと思いますね」
仲西さんは移住を検討する際、事前に各自治体にアポイントを取り、今日はAの町、明日はBの町と、何度も気になる町を訪れて案内していただいたのだそう。
移住前に現地に直接足を運ぶことを心がけ、自治体の移住担当の方にまめに連絡した。
助成金に目を向けるのではなく、自分にとって住みたいと思える町かどうか、移住した時の生活のイメージはできるかを考慮した上で、移住先を決めることが大切だと語る。
ボランティア活動が地域に馴染むきっかけに
北海道に移住してからは、あらゆるボランティアの活動や、PTA会長にも挑戦。なかでも今までの経験を活かしたいという想いから、カウチサーフィンのボランティアに登録し、外国から来た旅人を無料で自宅に泊めるサービスに協力していた。
カウチサーフィンを始めたきっかけは、仲西さんの高校生時代まで遡る。
「高校1年生の頃から地方で開催されていたオートバイのレースに出場していました。当時雑誌の中で、オートバイに乗ってアメリカを縦断していたモデルのカッコ良い姿が忘れられず、20歳の時にはバックパッカーになり、日本を飛び出しました。
旅先でたくさんの人にお世話になり、いつか恩返しをしたいと思い、カウチサーフィンの活動を始めたのです」
少しずつ地域に馴染みながら自分のポジションを築いていき、気付いた時には、地元の方達より積極的に色々な活動をするようになっていた。
移住プランナーだからこそ出会えた面白い移住者
今まで関わってきた移住者の中で印象的な方について聞いてみると、3人のエピソードを思い出しながら、笑顔を浮かべて語ってくれた。
大阪から来た夫婦。運命的な出会いで決めた深川への移住
1人目は、北海道に移住を希望していた夫婦。仲西さんが町案内として、夫婦を町の教会にお連れしたときの話をしてくれた。
「どこかでこの教会見たことあるね」と懐かしそうに見ていたお二人。しばらくして、その教会は結婚式を挙げた教会だったことを思い出し、「これも何かのご縁だね」という理由で、深川に移住してきたのだそう。
「こんな偶然あるんだと驚きましたし、ご夫婦ともすっかり忘れていたのもなんだか微笑ましくて、印象的な方達でしたね」
このような運命的な瞬間に立ち会えたり、普通では経験できない出会いがあるのも、移住プランナーの醍醐味ではないだろうか。
仕事をしながら趣味を楽しむ。都会では考えられない自由な発想を地方で実現する
2人目は一昨年深川に移住してきたYouTuberの方が印象的だったと話す。
「ドラムセッションがお好きな方で、色んな場所にドラムを持ち込んでは、それを映像として流しているYouTuberの方がいらっしゃいました。本職はYouTuberではないので、趣味の延長という形で、すき間時間に動画をあげているそうです。
彼と私の家が近いことから、騒々しい時もあるんですが、近隣からの苦情もなく、自由に楽しそうに活動されています。都会では絶対考えられないですよね」
今後はこうした趣味を持つ若者が、都会とは違う場所に表現の自由を求めて移住してくるケースが増えていくかもしれない。時代の流れと共に移住の考え方も多様になっている。
0を100にする楽しさ。都会では実現できない大人の遊び場
3人目は、週末だけ東京から肝付町に来る会社経営者。2拠点生活を楽しむために、廃屋を購入された方について語ってくれた。
週末だけこちらに来て、資材を運んでは工事をしながらご自分のペースで、空き家の掃除や建物の修復作業など何でも1人でやっていて、それはまさに『大人の遊び場』でした。
将来は、大好きなビールの醸造スペースも考えていると伺っている。
やるからには全力で、中途半端にせずとことんこだわる。妥協を許さない自分だけの空間作りを楽しんでいる様子が印象的でした」
- 明確な目的を持っている
- コミュニケーション能力に優れている
- プラス思考
3人の移住者には、この3つの共通点があり、このような特性を持つ方が成功するのではないかと、力強く語ってくれた。
欧米と日本とのマネー教育の違い。親子でもっとお金の話をしよう!
現在仲西さんは、移住プランナーとして活動するかたわら、ファイナンシャルプランナーの資格を活かし、講演や、テレビ・ラジオ番組の出演、書籍の出版から新聞の取材等を受けている。
学生時代にアメリカに行っていたとき、日本と西洋の『お金に対する考え方の違い』に驚いたことが、ファイナンシャルプランナーの資格取得のきっかけになったという。
「今でこそよく聞くようになったファイナンシャルプランナーという言葉ですが、私が取得した時は、まだ国家資格として認められたばかり。全世界共通のライセンスでもあり、最初はアメリカ移住を視野にいれていたため、日本からアメリカへ移住してきた方に、マネープランの提案ができればという思いもあり取得しました。
しかしそれだけでは生活できないので、移住プランナーも同時にスタートしたのです」
西洋では、小学校1年生からマネー教育を授業で取り入れ、お金のことについて考える時間がある。しかし日本では、義務教育の現場では行っていないのが現状だ。
仲西さんは、キャッシュレスで支払う機会が多くなった今こそ、お年玉の使い道を親子で話し合うのはとても良い機会であるという。子どもが頂いたお金をどのような目的で、どうしたいのかを親子でじっくり話すことが大切であることを、子を持つ親として、ファイナンシャルプランナーとして教えてくれた。
ファイナンシャルプランナーも移住プランナーも、人の人生に大きく影響を与える仕事である。自身も移住者だからこそ分かる移住に関する悩みや問題。
ファイナンシャルの面でもアドバイスができる強みがあり、自然と心を和ませる仲西さんの人柄は、老若男女問わず心を開かせ、多くの相談者の助けになっているのだろう。
新たなビジネスの可能性。空き家問題をどう解決する?仲西さんが考える空き家の活用方法とは
移住プランナー、ファイナンシャルプランナーの他にも、「空き家相談士」の3つの顔を持つ仲西さん。そこには空き家にまつわる課題を多く感じたからなのだそう。
「空き家の情報を入手していくうちに、ほとんどの所有者は、高齢者の方が多いのに気付きました。
今空き家で悩んでいる方以外にも、万が一の事が起こる前に、空き家予備軍の方(近い将来空き家になるかもしれない家を持つ方)とコンタクトをとっておくことで、相続、登記の変更などをスムーズに行い、空き家を探している移住者とも繋げることができると考えました」
対策としては、とにかく空き家バンクの登録数を増やすこと。これは深川にいたときから行っており、肝付町では、令和3年売買2件、賃貸2件の空き家バンクでの掲載だったのが、仲西さんが着任された令和4年には売買55件、賃貸3件と倍以上の掲載数をあげているのだとか。
そして契約につながった件数は27件、およそ半数になる。
これにより令和3年に18組50人だった移住者数も、令和4年は前期だけで12組36人と前年度より移住者数が伸びている
最近の移住者傾向としては、リモートワークや2拠点での生活が可能となってきたことから、30代が全体の半数を締めており、特にファミリー層(子育て世代)が空き家を購入して移住してくるケースが圧倒的に増えたという。
人生100年時代。夫婦水入らずの時間を楽しむ
肝付町は、山でも海でも住みたい場所によって別の顔を持ち、2つの魅力を兼ね備えた町。2022年1月に発表された雑誌『田舎暮らしの本』の子育て部門南九州エリアでは、第1位にランクインし、今子育て世代にも注目されている。
子どもも独り立ちし、週末は夫婦水入らずの時間が増えたので、車中泊で道の駅に泊まり、先々でのキャンプを楽しんでいる。
「狭い空間だからけんかできないんですよね(笑)」
奥様との時間を照れくさそうに、はにかみながら話す様子から、とても充実した日々を送っている様子が伝わってくる。北海道、鹿児島と住む場所が変わっても、仲西さんはその土地にあった楽しみ方を自分なりに工夫している。
馴染もうと努力するのではなく、自然と地域の仲間になる。移住を成功させる秘訣は、そこにあるのかもしれない。
一度きりの人生後悔しないように
最後に、移住を検討している方にメッセージをいただいた。
「移住をする際にいちばん大事なことは、何のために移住をしたいのか、移住先で何をしたいのかを明確にすることです。
移住先で収入を確保するのは、そんなに甘くありません。それでも移住にチャレンジしたい方は、一度きりの人生後悔しないように、やってみるのはどうでしょうか。
資格で言うと、大型2種免許を持っていれば結構食べるのに困らないし、収入は確保できますよ」
彼にとって移住プランナーはまさに天職であり、今まで培ってきた経験が全て集約されているといっても過言ではない。
地元の人達には見えない魅力に気付き、それを移住者の立場として上手く伝えられるからこそ、仲西さんの周りには移住希望者が集まって来るのだろう。
地方には都会では実現できない大きな夢を叶えるチャンスがある。そんな希望に満ちた人達が、これからの日本を地方全体を、元気に明るくしてくれるのかもしれない。