移住者プロフィール
福井 恒美さん
出身地:鳥取県倉吉市、前住所:東京都、現住所:鳥取県倉吉市、職業:IJU交流デザイナー、「NPO法人田舎暮らしの応援団」代表
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移住前はどのような生活でしたか?
福井恒美さん(以下、福井):東京で商社に勤務していました。特にハードワークでもなく、苦ではありませんでした。
しかし、毎日の通勤が大変で、空気が悪い都会に住み続けようとは思わなくなっていましたね。若い頃は魅力に感じていた都会の刺激も求めなくなっていました。
移住を考え始めたきっかけは?
福井:Uターンを考え始めたのは、移住の半年くらい前からです。両親が倉吉で45年花屋を営んでおり、長男の私が家に帰って手伝わなければと思いました。
49歳でUターンしたのは、フットワークが軽いうちに倉吉に帰りたかったからです。子どもが大学を卒業し就職したので、親の責任は果たしたという気持ちもありました。
移住して変わったこと、楽しみはありますか?
福井:仲間同志で地域を元気にしていくことが楽しみですし、物事を考えるきっかけにもなり、やりがいがあります。
倉吉についてはどう思われますか?
福井:倉吉市は可能性があるいい町です。活気があった時代と、今の活気のない時代はつながっています。空き家が多く、少子高齢化など課題は多いですが、課題=可能性だと思います。
倉吉に帰ってきてよかったことはありますか?
福井:自然の素晴らしさを再確認しました。倉吉に住んでいると、息をしていることを忘れます。
どうせ呼吸をするなら、美味しい空気が吸えるほうがいいですから。都会で生活していた自分のような移住者には、倉吉の空気が美味しいことがよくわかります。
移住後はどのような暮らしをされていますか?
福井:倉吉に帰ってきてからは、家業の花屋を手伝いながら、介護の仕事に就き介護福祉士の資格を取得しました。
2年後、知的障がい者福祉施設へ転職し、生徒と一緒に農業に取り組みました。収穫した作物を給食で食べたり、作物を販売して収益にしたりしました。
減農薬、無農薬野菜について勉強し、農業の大切さを認識しました。コミュニケーションにより障がいを越えた交流ができたと思います。
みんなで農業する過程が楽しかったし、共感する仲間がいたのが大きかったですね。東京の仕事はビジネスライクで、地域のコミュニティが希薄ですからね。
現在は、NPO法人田舎暮らしの応援団 やIJUカフェ を立ち上げ、IJU交流デザイナーとして鳥取県の移住と交流をデザインし、移住者と地域をつなぐ活動をしています。
移住を考えている方にメッセージをお願いします。
福井:地域の方とどれだけ接するかが大切です。移住前にリサーチをし、良いことばかりを鵜呑みにせず、ありのままを受け入れることがポイントです。
どこにでも問題はあります。住んでいる人の知恵を借りて、問題を楽しみに変えていくことが必要です。
そのためには、同じ境遇の移住仲間との出会いや交流によって仲間づくりをして、みんなで楽しみながら乗り越えていくことが大切です。
出典: 東京からUターン