移住者プロフィール
笛田 季実子さん
出身地:新潟県南魚沼市、前住所:東京都、現住所:新潟県南魚沼市、職業:美容サロン「en.」オーナー
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働き方を見直すため、Uターン移住を決意
二人の姉の影響で、小さい頃から美容やファッションのことばかり考える「おませな女の子」だったという笛田さん。
周りの子たちに比べて情報感度が高く、学校にファッション雑誌を持ち寄っては、友だちと休み時間に交換しながら読むのが何よりの楽しみだったと当時を懐古する。中学生になると、夏休みに越後湯沢から新幹線に乗り、原宿や渋谷まで足を伸ばすこともしばしばだった。
「美容師になりたい」という夢を叶えるため、地元・新潟県の美容師専門学校を卒業後に上京。東京の美容サロンでアシスタント・スタイリストとして5年間働いた。
そんな笛田さんが、地元へのUターン移住を決めたのは2011年。25歳のときだった。
「美容師って本当に朝から晩まで長時間働くので、体がきつくなって、体調があまり良くなくなってしまったんです。そうしたガツガツとした働き方を見直したくて、仕事を辞めたタイミングで、地元に戻ることにしました」
それでもやはり、大好きな東京を離れる決断には「寂しさ」が伴った。生活をスローダウンさせるための移住だったものの、いざ戻ってみると、体に染み付いた東京との時間感覚の違いに戸惑いを覚えたという。
「東京では、仕事が終わって夜の9時、10時に友だちと集合して飲みに行くのは当たり前でしたが、地元だとその時間にはみんな寝ています。もともとはそういう時間感覚の中で育ってきたはずなのに、ある意味で、カルチャーショックを受けましたね」
コロナ禍を機に、美容サロンをオープン
Uターン後は、地元の美容サロンで4年間勤務。結婚・出産後も、ヘアメイクスタイリストとして7年間働いた。
そんな笛田さんに転機が訪れたのは2020年。ちょうど第二子を出産したタイミングだった。コロナ禍が到来し、世の中が目まぐるしく変化し始め、未来を予測することは日に日に難しくなっていった。
「コロナ禍を機にいろいろと考え方が変わりました。もともと住んでいた実家の離れが子どもが生まれて手狭になったこともあって、そろそろ自宅を建てようかという話を主人としていたんですが、『このタイミングでやりたいことをやらなかったら、この先も絶対にできないな』と思ったんです。本当にいつ死ぬかわからない人生だから、それならやっぱり自分で美容サロンを開きたいと。そこからすぐに動き始めました」
実家が兼業米農家の笛田さんは、ご両親から田んぼの一部を譲り受け、そこに自宅と美容サロンを新築。2022年10月、美容サロンen.をオープンさせた。
一対一のプライベートサロン。「女性の活力となる場所を作りたい」
en.という名前には、「縁」と「円」というふたつの意味が込められている。女性限定の美容サロンで、まつげパーマやハイドロスプラッシュ毛穴洗浄、ヘッドスパなどのメニューを提供している。
「私が住んでいる地域は美容室はたくさんあるんですが、リラクゼーションサロンのような女性がリラックスできる空間はあまりなかったんです。だからこそ、お客様と一対一、完全なプライベートサロンで、隣の人を気にせずにリラックスできる空間を作りたいと思いました。敷居の高いエステサロンではなく、ふらっと立ち寄って、自分を少し綺麗にする。そんな女性の活力となるような場所を作りたいと思いました」
東京にはそうしたサロンはたくさんあるかもしれない。しかし、この町にはない。だからこそ、お店をスタートさせやすかったと話す笛田さん。オープンして半年ほどが経つが、楽しんで仕事ができているという。
「毎日、全部予約で埋まっているというわけではないですが、リピートしてくださる方、毎月通ってくださる方が増えてきています。お客様は地元の方が多いですが、インスタを見て隣の市や遠くから足を運んでくださる方もいます。お客さんに子育てのこととか、毎日いろいろなことを教えていただいて、お喋りする時間も楽しいですね」
認知度アップ、価格設定…課題はたくさん
とはいえ、経営に関しては今も試行錯誤の繰り返しだという。会社勤めをしている時とは違い、全てが自分次第。自分の思い通りにできる反面、すべての責任がのしかかる。一番大変なのはやはり集客。まだまだ認知度が足りていないと感じるという。
「お店は大きな道路沿いの比較的わかりやすい場所にあるんですが、迷って連絡されるお客さんもいるし、『あんなところにお店あったっけ?』と言われることもあります。まだまだ知られていないんだなと痛感しますね。
オープンした時に広告費をかけて、都会から来ている人が多く住んでいるリゾートマンションにチラシを入れてみたこともあるんですが、まったく手ごたえがありませんでした。今、若い人の心を掴むには、Instagramのほうがよっぽど効果的なんだなと実感しました。常に勉強勉強という感じですね」
価格設定にも頭を悩ませた。東京の半分ほどの価格設定にしているものの、南魚沼ではそれが「高い」「贅沢」と感じられてしまう。そうした感覚の違いをいかにクリアしていくかが今後の課題のようだ。
「それでもやっぱり、お店に入った瞬間に『素敵なお店だね』と言ってもらえたり、帰りがけに『また来たいです』と言ってもらえると、すごく嬉しいです。自分の技術やお店の雰囲気を褒めてもらえているということだと思うので、そうした言葉が生き甲斐になっています」
大自然、旬の食材、人とのつながり。移住して実感した南魚沼の魅力
笛田さんが暮らす新潟県南魚沼市は、新潟県南部に位置し、日本有数の米どころとして知られる。古くから霊山として信仰を集めてきた八海山を筆頭に、豊かな自然に恵まれている。日本屈指の豪雪地帯でもあり、山の雪解け水を使って作られる日本酒「八海山」も有名だ。
笛田さん自身、東京から地元に戻ってきて、南魚沼の大自然の魅力を改めて実感したという。
「本当に空気が綺麗です。見渡す限り360度、山なので、景色がすごく良くて、春夏秋冬をしっかりと感じることができます。私は春がすごく好きです。桜の名所もたくさんあります。桜の並木道を歩いていると、本当に心がすっきりしますね。子どもにとっても、すごく良い環境。夏になると川遊び、冬はウィンタースポーツ、スキー場がいっぱいあるので雪遊びもできます」
実家の田んぼで作っているコシヒカリはもちろん、旬の食材が食べられるのも地元に戻ってきてよかったことのひとつ。食生活が変わり、健康的になったと感じている。さらには近所づきあいも変化した。
「近所で畑をやっている人が『採れすぎちゃったから』と野菜をお裾分けしてくれたりもします。採れたてのものが食べられるのは最高だし、人の温かさを感じますね。
子どもが外に出ていると、『おはよう』と声をかけてくれたり、お菓子をくれたり……東京にいたときは、隣に誰が住んでいるかも分からなかったし、すれ違っても挨拶しなかったり、本当に小さい声でボソっと挨拶するくらい。それはそれですごく楽でしたけど、やっぱりどこかで寂しさは感じていたのかもしれませんね」
子育て支援も充実
現在、5歳と2歳の二児の母親でもある笛田さん。大自然や人の温かさに触れ、子育てのしやすさも感じているという。南魚沼には子育て支援センターもあり、保育士に子育てに関する悩みや気になることを相談できる。雨の日に屋外で遊べないときにも、気軽に立ち寄ることができるそうだ。
「幼稚園にも『ママカフェ』と呼ばれる集まりがあって、新しく引っ越してきた方や友だちを作りたいというお母さんたちが交流できる場もあります」
ベビーマッサージやエアロビ、お料理教室なども定期的に開催されているので、子どもと一緒に、あるいは子どもを預けてお母さんが楽しむ時間を持つこともできるそうだ。
“個”の時代。女性の起業家が増えている
子育てしやすい環境が整っていることも一因だろうか。近年、南魚沼には女性の起業家が増えているという。自宅でデザインの仕事をする人、ピラティスやヨガ教室、お料理教室を開く人……さまざまな職種の女性が活躍しているそうだ。そうした女性たちが集まって交流したり、情報交換をするイベントも開催されており、笛田さんも起業するにあたって参加したという。
「南魚沼は、本当に女性のパワーがすごい町だと思います。ある起業セミナーに来た人がほとんど女性だったということもあって、『そんな町、ほかにないよ』とびっくりされるくらいです。今は”個の時代”というか、やりたいことをやろうと一歩を踏み出す女性がすごく多い気がしますね。とにかくやってみよう、動いてみようというパワフルな女性が多いから、新しいお店もたくさん増えているんです」
セミナーで知り合った者同士で事業を一緒に立ち上げたり、個人的にランチをして情報交換するなど、継続的なつながりも生まれているという。
行政としても個人事業主の支援に力を入れており、市内で新たに起業する人に対する補助金制度(創業支援補助金)も整備されている。UIターンで起業した場合は、補助金額が加算されるなど、移住者が新しい一歩を踏み出しやすい環境が整っていると言えるかもしれない。
大事なのは、自分に正直に動くこと。「ゆくゆくはもっとお店を広げたい」
美容サロンen.をオープンして約半年。現在は、笛田さん一人ですべてを切り盛りしているが、ゆくゆくは一緒に働いてくれる人を募りたいと考えている。
「もうちょっと先かなとは思うんですが、お店を少しずつ広げていけたらという夢ができました。自宅兼サロンなので少し狭かったなと思う部分もあるので、そういう意味でもお店を広げたいし、一緒に働いてくださる方がいるのであれば一緒にやりたいです」
移住してから、以前にも増してポジティブになったという笛田さん。考え方も変わり、自分に正直に動けるようになった。
「自分の気持ちのままに動くというか、自分と話し合う時間を作ることがすごく大事だと思います。
子どもたちにもそういう姿を見せたいですね。好きなことをやってすごく楽しいってニコニコしている私を見て、子どもがどんな風に受け止めるかわからないですけど......自分が笑っていたら、みんな笑顔になれるかなと思うので、毎日、笑っていたいです」
子どもたちはわからないながらも、笛田さんの仕事のことを「お客さんが来て喜んで帰ってくれる場所」であると受け止めている様子。
「ママのお仕事はみんなを綺麗にしてあげるの?」「今日もお客さん来た?」などと、聞かれることもあるという。そんな子どもたちに笛田さんは、「(自分の好きなことを)何でもできるよ!」と、未来の可能性について話している。
Uターン移住を考えている人へ。思い切って飛び込んでみよう
最後に、Uターン移住を考えている人に向けて、笛田さんからメッセージをいただいた。
「Uターン移住って、『田舎に行く』と捉えている方が多いのかなというイメージがあります。でも、すごく不便かと思いきや住めば都で、周りの人に相談すれば助けてくれるし、結構どうにでもなっちゃいます。閉塞的になるんじゃなくて、自分が思うままに動いて、自然を満喫して、美味しい空気を吸って……そういう感じで飛び込んでみるのが良いと思います!」
取材の最後、「(移住をして)人生が拓けた感覚がある」と、迷いなく応えてくれた笛田さん。自分の心に忠実に動き、生活も仕事も楽しみながら、日々を過ごしている様子がとてもよく伝わってきた。
笛田さんのように一歩を踏み出す女性たち一人ひとりのパワーは、地域の活力ともなっていく。笛田さんの明るい笑顔は、間違いなくこの町にとっての希望の光だろう。