移住者プロフィール
河童 ガジロウさん
居住地:兵庫県福崎町を流れる清流「市川」、職業:兵庫県福崎町 地域振興課
目次
INDEX
前代未聞!?河童からのご応募
その日、編集部に激震が走った。
「ワープシティの1周年記念キャンペーン企画に、"河童"から応募が来ている」━━。
どうやら、Twitterにて募集した企画に、誰もが知る妖怪“河童”から応募が来たとのこと。該当ツイートを見てみると、確かに河童だ。紛うことなき河童。想像以上にリアリティのある河童から応募が来ている。
一体彼は何者なんだ?
調べてみると、兵庫県の福崎町という地域の町役場で働いているらしい。投稿はどれもシュールでハイセンスなユーモアにあふれており、Twitterユーザーから全力で推されている。
なるほど、とてもユニークだ。彼のワークスタイル(ライフスタイル)が気になるのはもちろんのこと、雇用主である福崎町という地域も非常に気になる。
キャンペーン当選者の選定会議で「これはもう河童しかいない」と満場一致を受け、福崎町の勤労河童である「ガジロウさん」に話をうかがうべく、ワープシティ編集部は兵庫県へと足を運ぶことに。そこで私たちが見たのは、地域に根付き、愛されてきた妖怪たちと、それを支えてきた人たちの熱い想いだった。
妖怪の文化が根付く、民俗学のふるさと「福崎町」。
兵庫県の南西部、播磨地域に位置する福崎町。清流「市川」に育(はぐく)まれ、豊かな風土と歴史を背景に、多くの偉人を生んだ学問・芸術文化のふるさととして知られている。
妖怪の生みの親である民俗学者柳田國男の生誕地でもあり、「自撮りをする鬼」や「リモートワーク中の天狗」、「メイクに没頭する山姥(やまんば)」といったユニークな妖怪たちが腰掛ける「妖怪ベンチ」のほか、一定の時間で出没する河童の「ガジロウ」と兄「ガタロウ」の兄弟など、地域のいたるところで妖怪の姿を目にすることができる。
また、大麦の一種であり、モチモチとした食感と独特の香ばしさが特徴の「もち麦」の産地としても有名で、同地域にある「もちむぎのやかた」では、もちむぎ麺の製造過程の見学や、伝統を受け継いだ独自の製麺法を体験できる「手延べ体験」といったワークショップなどのコンテンツも充実。観光名所として外せないキースポットになっている。
日本一のハードワーカー河童「ガジロウ」とは?
兵庫県福崎町を流れる清流「市川」を棲家とする河童の「ガジロウ」。地域内外から訪れる観光客を驚かせ、楽しんでもらうことが仕事のようだ。
普段は辻川山公園の池から清流「市川」を経由し、JR「福崎駅」前にあるチューブまでの水路を往復。定期的に「ようこそ ふくさき江」と書かれたプレートを手に浮上しており、その姿を一目見たいと、カメラ片手に待ち構える人も多い。
ギャグセンスに富んだ投稿が度々注目を集めており、近年Twitter上で密かな話題になっている。地域住民からも広く愛され、一緒に写真を撮ったり握手に応えたり、人間との交流を楽しんでいる様子。
兄に同じく河童の「ガタロウ」がいるが、こちらは頭の皿の乾燥の影響で動けなくなっており、辻川山公園の池のほとりで固まっている。
河童「ガジロウ」の一日に密着!
お昼過ぎの13時、JR「福崎駅」前にある福崎町駅前観光交流センターには、多くの報道陣が詰めかけていた。お目当ては兵庫県福崎町の町役場で働く河童の「ガジロウ」。
新たに始まったスタンプラリー企画で、チラシ配布をする河童の様子を逃すまいと、メディア関係者から大小さまざまなカメラが向けられた。
「カパカパ(※今日はチラシ配りやらされてんねん。NHKが来とるからしゃあないけど、すぐこき使いよるねん。みんな、喜んでくれるからええけどな。)」
乗降者一人ひとりにチラシを手渡しで配るガジロウさん。受け取る人々の表情はとても明るい。
「カパカパ(みんなこうやって笑ってくれるからがんばるけどな。カメラもぎょーさん来てるし、今日はさぼれんわ(笑)」
少し照れくさいのか、若干目を逸らしながら話す姿は外見に似合わずとてもキュート。「ゆるキャラ」と形容するには少しリアル過ぎる外見だが、ネットでの発信や普段の振る舞いから「愛らしい」「面白い」といったポジティブな声が多く寄せられる。
「カパ?(別にふつーやけど?)」
と当人?はひょうひょうとしているが、飾らないその態度がニクく、人気を呼んでいる理由もうなずける。
※ガジロウさんは言葉を発しないため、()内は通訳した言葉です。
「カパパ(なんや偉い人が来とるみたいやから挨拶行ってくるわ)」
と、どこから取り出したのか立派な名刺を持って挨拶に回るガジロウさん。一人ひとりに
「カパー(あ、世話になってます。ガジロウいいます。)」
とフランクに話しかけていた。
一通りチラシを配り終えると次の仕事場へ移動。移動手段はオリジナル電動レンタカー「妖怪ガジpod(ぽっど)」。
二人乗りの電気自動車で、小回りがきく上に環境にも優しいとあって、福崎町を観光する際に欠かせない移動の“足”になっている。
JR「福崎駅」から車で約6分走り、目的地の福崎町辻川観光交流センターに到着。駅前の交流センターは「交流」、辻川の交流センターは「歴史・文化」をコンセプトに、福崎の魅力を発信している。
妖怪のフィギュアの鑑賞、グッズの購入ができたり、福崎町の歴史や妖怪とのつながりなどを深く知ることができる場所になっている。
また、ご当地グルメを楽しめる飲食店も入っており、福崎町産のもちむぎを使った「ガジカレー」(880円/税込)がいただけるのに加え、コーヒーや紅茶などのドリンク類も取り揃えており、カフェ利用として訪れる人も多い。
食事休憩を終え、お腹が満たされたところで気になっていた表の妖怪ベンチへ。妖怪たちの世界と人間の世界の境目が辻川の地らしく、「将棋を指す河童」や「妖艶な雪女」など、関わりやすいポーズの妖怪たちが出迎えてくれた。フォトスポットにもなっており、一緒に撮影を楽しむ観光客が多いとのこと。
「カッパパ(福崎町は妖怪との距離が近いまちやな。みんな妖怪を受け入れてくれとる。人間もそうやけど、妖怪にもほんまに住みやすいまちやで)」
と、誇らしげに教えてくれた。
ありし日の記憶と、歴史・文化が根付く辻川界隈へ
辻川観光交流センターの周りには、妖怪に馴染みの深いスポットが数多く存在する。中でも辻川山公園は見逃せないイチオシスポットだ。園内にある池からは定期的にガジロウさんが顔を出し、来園者にサービスを行っている。
池から少し上に登ると、何やら美味しそうなものを片手に空を縦横無尽に飛び回っている天狗の姿が。
「あれは何をしているんですか?」
とガジロウさんに話を聞いてみると、友人を紹介するようなあたたかい声でこう応えてくれた。
「カパー(昔、柳田國男先生から『もちむぎどら焼き』もらったらしいねん。それが嬉しいて、自慢したあて、いまだにああやって飛び回ってるねん。変なやつやろ?)」。
ここまで密着してみて、福崎町の人たちと妖怪との関係が気になった。妖怪といえば、基本的に怖いイメージがある。人間に危害を加えたり、天災を引き起こしたり、どちらかといえばネガティブなイメージが強い。人間とより良い関係を築けているのはなぜなのだろうか。
「カパパ(役場のやつらががんばっとうからとちゃうか?よう世話してくれるし、妖怪らみんな気いようしてるわ)」と嬉しそうに答えてくれた。
一方で、小さい子どもには怖がられることもあるらしい。
「カパパー(子どもにはギャン泣きされることもあるねん。こないだは「夢にまで出てきた」言うから、親に出演料くれ言うたけど、くれんかったわ)」
と残念そうに話してくれた。
「カパ(せっかくここまで来たんやったらぜひ立ち寄ってんか)」と、続いて案内してくれたのは、日本民俗学の祖である柳田國男の生家。福崎町を語る上で絶対に外せない歴史上の偉人だ。
『遠野物語』や『妖怪談義』などの著作で知られ、日本民俗学という新たな学問を興した柳田國男は、明治8年(1875)に現在の福崎町西田原(辻川)出身。多感な幼少期を福崎町の豊かな自然の中で過ごし、多くの本に囲まれて育った。
全国各地を旅して回り、生活の中で生き続ける行事や昔話、伝承などを記録して本にまとめた功績は大きく、“妖怪”の存在は彼をなくしては語れない。まさに日本妖怪の父である。
「カパパ(昔の福崎町は中国街道と生野街道が交差するところやって、人間がようさん行き来しよったわ。姫路・津山・豊岡ほんで大阪といったいろんなとこからの新しいニュースが、旅人や人力車、行商人によって運ばれてきよったわ。先生は人の観察が好きやったから、そこで色んな話を聞いたりして、想像を膨らませよったんかもしれんな)」。
ありし日に思いを馳せ、遠い目をしながら話すガジロウさんの姿は少し寂しげ。分刻みのスケジュールで働く勤労河童にとって、軒先でぼーっと過ごす時間は束の間の幸せだろう。
「カパパ・・・(また國男先生に会いたいなー)」とこぼした本音は、家屋の陰にすうっと吸い込まれていった。
福崎町名産!もちもち、つるつるの「もちむぎ麺」
「カパーッ!(ほな、おいしくて楽しい体験でもしてテンション上げてこか!)」
と膝を打ち、次にガジロウさんが向かったのは「もちむぎのやかた」。
福崎町の名産である「もちむぎ麺」をいただけるレストランに、半生・乾麺などのもちむぎ麺を販売している売店コーナー、さらには製麺家課程を見学できる工場など、「もちむぎ尽くし」の複合施設だ。
中でも観光客に人気なのが、古来の伝統的な製法を受け継ぎながら編み出された、独自の製麺法を体験できる「手延べ体験」。竿に麺をかけて伸ばす、「門干(かどほし)」や、麺と麺が付かないよう箸でさばく「箸分け(はしわけ)」といった工程を楽しめる。今回は特別にガジロウさんに体験してもらった。
「もちむぎ麺」は一見するとそばのようだが、そばでもなくうどんでもなく、独特の食感と風味を持った麺の中の逸品だそう。魅力は味だけに限らず栄養価も高いと、ガジロウさんが得意そうに教えてくれた。
「カパカパ(もちもち、つるつるの食感がたまらんゆーて、観光客が喜んでるのをよう見るわ。高タンパク・高ミネラルで、コレステロールを低下させるとかいうβグルカンってのが入っているらしいで。河童に効くんかは知らんけどな)」。
せっかく手延べ体験をさせていただいたので、ぜひその「もちむぎ麺」をいただいてみたい。
一行は場所を移して「NIPPONIA 播磨福崎 蔵書の館」へ。
読んで字の如く、多くの書物に囲まれて過ごすことができる、読書家にとっては垂涎モノの宿泊施設だ。
なぜこんなにもたくさんの本があるのか。不思議に思って書架を眺めていると、ガジロウさんがその理由を教えてくれた。
「カパパ(國男先生は、この三木家で小さい頃めっちゃようさんの本に囲まれて過ごしたらしいねん。ここではそういう体験ができるから、本好き、歴史好きのやつらに大人気らしいわ)」
どっぷり本の世界に浸りたいところだったが、腹の虫が黙っていない。秀逸な選書に後ろ髪を引かれながらも、空腹には勝てずにレストランへ。手延べ体験でつくった麺はすでにできあがっており、特別にいただくことができた。
“麺の逸品”に圧倒されつつ、おそるおそる口へ運んでみると、ガジロウさんの説明通りたしかに食感が独特だ。つるつるとした舌触りに、噛むともちもちとした弾力のある食感。これはクセになりそうだ。さてもう一口、と目をやれば、すでにガジロウさんが全て平らげてしまっていた。
福崎町地域振興課職員に聞く、地域の魅⼒の伝え⽅
長い一日を終え、一行は休憩を挟んで最後のインタビューに臨む。色々聞きたいことはあるが、いちばん気になったのは「なぜ妖怪を雇用して地域発信をしているのか」だ。当時を知る担当者に話を聞くことにした。
「ガジロウを生み出したのは当時の地域振興課職員小川知男さんです。観光係長に着任して早々、町長から直接『辻川山公園から河童を出してほしい』との難題を受け、プロジェクトに着手。ゆるキャラとしてかわいいキャラクターが望まれましたが、『話題性に欠ける』と反対を押し切り、今のガジロウの形になりました」。
ガジロウさんのビジュアルは狙い通り多くの人の目を引き、テレビの有名番組や新聞などでも大きく取り上げられ、福崎町の名前は一気に全国に広がった。固定観念を打破するアイデア力と、住んでいる町の特性や可能性を理解して実行し、反響をさらに活用していくブレない戦略が評価され、小川さんは、地方公務員同士が推薦し合う「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2019」にも選出された。しかし、そんな矢先に不幸が訪れる。2022年ガジロウの生みの親である小川さんが突然亡くなられた。
「多くの人に愛されたガジロウの存在は、小川さん無しでは考えられませんでした。しかし、彼が命を吹き込んだ妖怪をこれからも育てていきたいとの思いから、引き続きまちおこしで活用していくことになりました」。
以来、生みの親を欠いた状態ではあるものの、後任の職員たちの奮闘により、今も「ガジロウ」は元気に機嫌良く働いている。
「福崎町はこれまで妖怪とともに歩んできた町なので、妖怪たちを通し、町の魅力を感じてもらえたら嬉しいです。ありがたいことに、昨年当町は町民の幸福度ランキングで兵庫県1位、関西3位をいただきました。古くから住んでいる妖怪はもちろん、今住んでいる町民の皆様にとっても住みやすい町であるように、職員一同取り組んでいます」。
福崎町では下記のようなイベントを行っている。見どころはガジロウくんのライトアップだとか!
「他市町村と比べ、目立つような移住定住の施策はありません。しかし、住み続ける上での幸福度はとても高い町です。興味を持ってくださった方が一人でも多く足を運び、魅力に触れていただけると嬉しいですね」。
そう微笑む(ように感じられた)鳩、いや林さんのお話からは、福崎町での暮らしがいかに豊かなのかが窺い知ることができた。
長年住み続けている妖怪や町民の幸福度が高く、妖怪にも人にもあたたかい町、福崎町。
今年の夏休みは、町のいたるところに根付く古の伝説と歴史文化の息吹を感じに、ぜひ福崎町に足を運んでみてはいかがだろうか。