移住者プロフィール
金親朋世さん・ 梨恵さん
利用した支援制度
出身地:神奈川県相模原市、居住地:高知県佐川町、職業:チョコレート工房「ポワリエショコラ」
目次
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姉妹でヨーロッパ留学。姉は、英国ウィズリー・ガーデンで園芸の道へ
神奈川県相模原市で生まれ育った朋世さん・梨恵さん姉妹。二人の人生が大きく動きだす出発点となったのは、高校時代のヨーロッパ留学だった。
朋世さん:「高校の夏休みを利用してイギリスに短期留学したのが初めての海外でした。当時、お花を習っていた先生がイギリスのガーデンをよく周っていて、その話をいろいろと聞いていてずっとイギリスに行きたいと思っていたんです」
アウトドア好きのご両親の影響もあり、小さいころから植物が好きだったという朋世さんは、イギリス留学中に足を運んだウィズリーガーデンに感動し、本格的に園芸の道に進むことを決める。
ウィズリー・ガーデンは、ロンドン南西郊外にある英国王立園芸協会(The Royal Horticultural Society)直属の庭園で、広大な敷地にさまざまな様式のガーデンがあり、一年を通して色とりどりの季節の草花を楽しめる。
朋世さん:「イギリスにはボーダーガーデン(建物や小径に沿って設置される帯状の花壇)と呼ばれる素晴らしい庭がたくさんあります。その中でも、ウィズリー・ガーデンの100メートルにもおよぶボーダーガーデンは特に有名です。
季節の移り変わりによって植物がどんな風に変化するのか、雨の降り方や乾燥具合まですべて計算して、一年間の見え方がデザインされている。自然の変化と共に作り上げられている庭園の美しさにすごく感動して、この道に進みたいと思いました」
園芸の短大を卒業後、再び渡英して園芸カレッジへ留学した朋世さんは、その後、ウィズリー・ガーデンに併設されたガーデナーの養成学校で研鑽を積み、WisleyDiplomaを取得した。
妹は、フランスでチョコレートに魅せられ、ショコラティエの道へ
一方、妹の梨恵さんが選んだ留学先はフランス。高校時代からフランス語を勉強し、夏休みを利用して短期留学、その後、本格的に語学留学した。
梨恵さん:「最初はパリの華やかなところに憧れがあったんですが、街だけじゃなく、地方にある素晴らしい景色や文化、食にも惹かれるようになりました。フランス人の気性も自分の性格に合っていると感じました。陽気なんだけどイタリアほど陽気でもなく……職人気質で真面目なところがすごく合っていたと思います」
姉の朋世さんは、「勝手にどこにでも行ってしまうタイプ」なのに対し、自身は「あまり冒険しないタイプ」だと話す梨恵さん。あえて姉とは違う留学先を選んだのには、そんなお互いの性格が関係しているかもしれないと振り返る。
梨恵さん:「小さい時に遊びに行くときも、私は姉について行きたいのに、『ついてこないで!』って言われるんですよ(笑)。だから当時、私はイギリスにも興味があったけど、そう言ったら『ついてこないで!』って言われるだろうから、ちょっと違うところを選んだのかな」
進むべき方向が明確に定まらず、フランスで“自分探し”をしていたときに出会ったのがチョコレートだった。
梨恵さん:「その美味しさに感動しました。もともと食には興味がありましたが、ケーキと違ってすぐにその場で食べなくても保存しておけるし、何よりいろいろな形があって可愛らしいところに一番惹かれましたね」
「ショコラティエになりたい」という夢を抱くようになった梨恵さんは、ベルギーの専門学校に2二年間通ったのち、フランスの製菓店で修行。帰国後は、東京でショコラティエとして働き始める。
縁もゆかりもない高知県へ
現在、朋世さん・梨恵さんが暮らす高知県佐川町は、高知県の中西部に位置し、朝ドラ『らんまん』の主人公のモデルとなった植物学者・牧野富太郎のふるさととしても知られる。江戸時代から酒造りが盛んで、多い時には9つもの酒造が集まり、日本酒の一大産地として名を馳せた。
そんな佐川町は、神奈川からヨーロッパへと飛び出した二人にとって、縁もゆかりもない土地だった。
最初に高知を訪れたのは朋世さん。イギリスで知り合った夫が高知市にある牧野植物園に就職が決まり、一緒に足を運ぶことになったのがきっかけだった。2日間ほど滞在し、楽しい時間を過ごしたという朋世さんは、自身も牧野植物園で働きたいと考えるようになった。
朋世さん:「ちょうど新しい温室を建て始めた時だったので、職員として働けることになり、高知に住むことにしたんです。ただ、私は暑いところがあんまり好きじゃなかったし、当時は私も夫も長く住むつもりはなくて、『3年後くらいにどこか別の場所に行こう』と話していました」
しかし、実際住み始めてみると、次第に高知の住みやすさを実感するようになる。
「高知県の人は優しいというか、すごくウェルカムな雰囲気で迎えてくれました。お酒が好きで、しょっちゅう『飲みに行こう』と誘ってくれる人もいます。
それから、とにかく食べ物が新鮮。毎週日曜市があって、農家さんだけじゃなくいろいろな人が新鮮な野菜や果物を市に持ってくるんですよ。その日曜市が楽しすぎて、二人暮らしなのに持ちきれないくらい買い過ぎちゃって、一回、荷物を車に置いてからもう一回買いに行くくらい。 『お店の人ですか?』とよく聞かれました(笑)」
高知県は84%が山。佐川町は、盆地に近い地形の場所にあり、山に囲まれていながら、開けた感じがあるという。そこに広がる美しい里山の風景にも魅了された。
「荒れているわけでもなく、程よく人が住んでいる。山に囲まれた、田んぼや畑の風景がすごく綺麗で気に入りました。それで、佐川町に(腰を据えて)住もうと決めたんです」
高知の食材の魅力に惹かれ、移住を決意
朋世さんが高知県に移住した頃、梨恵さんは東京のチョコレート屋でショコラティエとして働いていた。フランスで出会った夫との離婚を経て、帰国した梨恵さん。子供を抱えて一人働く東京での日々は凄まじく、限界を感じるようになっていたという。
梨恵さん:「東京のチョコレート屋を辞めて、神奈川の母の店を手伝い始めました。
その時に姉から高知の食材をいろいろと送ってもらっていたんですが、自分一人だとうまくいかないことも多くて姉が高知から手伝いにきてくれることもありました。
『いっそのこと(チョコレート屋を)高知でやったらどう?』
そんな姉の一言から、実際に高知を訪れた梨恵さんは、高知の食の魅力を肌身で感じることになる。
梨恵さん:「本当にすばらしいものがたくさんあるなと実感して……新鮮な食材をその場で加工して、オリジナリティあるお菓子作りがしたいと考えるようになりました」
難しい収穫時期の見極め。その土地に住まなければわからないこと
高知の食材と言えば、カツオやテナガエビなどの魚介類、土佐のあかうしや戸沢牛、はちきん地鶏、窪川ポーク米豚などの肉類、土佐ジローの卵......と、多彩な特産品が揃う。ジビエや山菜など、山で採れる野生の食材も豊富で、茄子やトマト、ピーマンなどの野菜はもちろん、お菓子作りには欠かせない新鮮な果物もたくさん手に入る。
しかし、そうした果物をチョコレートに使うときに非常に難しいのが、収穫時期の見極めだという。
朋世さん:「例えば、柑橘の中身をジュースにしたり、生のフルーツとして食べるならこの時期が良いというのは比較的わかりやすいですが、チョコレートによく使うのは柑橘の皮。皮を使うとなると、一番香りがのってるのがいつなのか、見極めるのがとても難しいんです。
文旦の場合で言うと、寝かせて酸が抜ける2月くらいが果実の食べ頃なんですが、酸が抜けると同時に皮の香りも抜けていきます。そうなる前に収穫したものを使いたいと思ったら、その木をいつも見て、果物がどういう状態で育っていくかを知らなければならない。
高知にたくさんある素晴らしい食材を最高の状態でチョコレートに閉じ込めるのは、高知県に住まないとできないことだよねと、妹とは話し合いました」
「ポワリエショコラ」をオープン。口コミで人気広がる
こうして、共に佐川町への移住を果たした二人は、2018年秋にチョコレート工房「ポワリエ・ショコラ」を創業した。



朋世さん:「春から秋にかけては、チョコレートを使ったパフェをメインに販売しています。高知県のメロンや工房の周りにあるヨモギ、佐川町内のいちご……高知県の食材をふんだんに使っています。生のまま食べるからこそ美味しい食材は、ボンボンショコラとはあまり相性がよくないので、食材の風味をそのまま味わってもらえるパフェというかたちにしました」
今でこそ、オンラインでの販売一本でやっていけるようになったが、創業当初は、試行錯誤の繰り返しだったという。
朋世さん:「有名なパティシエが田舎でお店を始めたら話題になると思うんですけど、誰にも知られていない人たちがいきなり佐川町の田舎でお店を始めても、誰も来てくれないんですよね。大きな広告を出してもらうお金もないですし、通販もお店を知らなければ見つけてもらえない。 最初の一年くらいは売り上げが全然伸びませんでした」
そこで二人は、市内のお店やデパートに出店し、まずはお店を知ってもらうことから始めることにした。しかし、当初は出店しても素通りされるばかり。「何でこんなに高いの?」と言われることも多く、説明してもなかなか理解してもらえなかったという。
朋世さん:「それでも、少しずつ買ってくれる人が増えてきて、食べてくれた高知の人が別の場所に商品を送ってくれるようになると、そのお客さんの口コミでだんだんと知ってもらえるようになりました。
そんな時にコロナ禍が始まり、出店を控えていたら、ありがたいことに『それなら通販で買おう』と通販に移行してくれたお客さんがたくさんいました。それで今、ようやく軌道に乗って来たなという感じです。本当に、高知県のお客さんのおかげですね」
農家に何度も足を運び交渉。「食材を理解することが大事」
お店では、朋世さんが食材探しや営業、梨恵さんが製作を担当し、メニューなどは二人で相談しながらアイデアを出し合っている。
食材は、道の駅などに足を運んで探すこともあれば、人づてに情報をもらうこともあるが、基本的には、農家さんと直接やりとりをしている。朋世さんはそれまで学んでいた植物に関する知識が、食材探しにも役立っていると話す。
朋世さん:「ある文旦農家さんは高齢のおじいちゃんで、深い山奥で文旦を育てていました。そこへ季節ごとに3回くらい足を運んで、手入れの仕方や収穫方法、後継者のことまで、いろいろなお話をお聞きしました。
柑橘の皮を使う場合、農薬を使うタイミングがすごく重要です。農薬をかけるのが収穫の何週間前と決まっていることもあるので、私たちの場合は、その前に収穫してもらう必要がある。完全無農薬がいいのかもしれないけど、病害虫の大変さもすごくよく分かります。食の安全という意味でも、やっぱり食材をどういう風に育てているかを知る、理解することを大切にしています」
今後は、より多くの種類の柑橘を使っていきたいとも話す。
朋世さん:「四国の柑橘は、いろいろな種類があるんですよ。みんな個性があるので、それぞれの違いを生かしたお菓子が作れたらいいなと思っていますね。
あと、工房の前に小さな畑があるんですが、そこでいろいろなハーブも育てています。フレッシュなハーブと乾燥したハーブとでは、香りも味も全然違う。ちょっと使いたいと思っ たときに、すぐに新鮮なハーブが手に入ればできることも変わってくるので、ハーブ類をもっと増やしていきたいです」
土地や自然環境……都会では揃えることが難しい条件も、地方では自由に手に入りやすい。佐川町という土地だからこそできることを二人は模索し続けている。

助け合いながら生きていく「田舎」での暮らし
移住後の生活面での変化についても伺うと、梨恵さんは「朝起きて、夜寝る」という、そんな当たり前の生活ができるようになったと話す。
梨恵さん:「水道水が飲めることにも驚きました。自宅には山の水を引いてきていますが、佐川町内の水道水をそのまま飲んでも美味しい。不思議なことに、夏は冷たく、冬は温かい(それほど冷たくない)のです。」
人付き合いに関しても、実際に暮らす前に想像していたのとはまったく違ったという。
朋世さん:「田舎に住むとなると、周りに誰もいなくて自分たちだけでのんびり暮らせると思っていたんですけど、 まったく正反対でした。都会と違って近所づきあいが当たり前。近所の人と協力して、道とかゴミ捨て場の掃除とか、いろいろなことをみんなで協力してやっていかないと生きていけない。
最初、高知市内に住んでいたときはそれほど感じなかったんですが、佐川町に引っ越してきてから、特に実感するようになりました。子どもを預かってくれたり、家の石垣が崩れたらみんなで直したり……。
何か困ったことがあったら助けてくれます。野菜もお金のやりとりじゃなく、ぶつぶつ交換するみたいにお互いに分け合う。自分たちの身の回りのことを、自分たちだけじゃできないことを、みんなで協力し合いながらやっていく生活です」
梨恵さん:「私は多分、最初から一人でここに来ていたら孤立していたかもしれないですけど、姉がいて近所づきあいのこともいろいろとを教えてくれたし、妹だということもあって周りの人も同じように良くしてくれました」
佐川町は、「生きる力」を身に付けられる場所
子育て環境としては、子どもが幼少期を過ごすにはとても良い環境だと二人は話す。
梨恵さん:「うちは外で元気に遊ぶのがいちばんという教育方針なので、それにはぴったりですね。神奈川にいたときは、外で遊べない、遊んでいる子がいないという感じだったんですが、こっちでは子どもたちは帰ってきたらランドセルもその辺にほったらかしたまま草花の中を走り回っています」
朋世さん:「私たちが子どもの頃は、自分たちが食べてるものがどうやってできているか知りませんでした。例えば、お米がどういうふうに育って、いつ穂が実って、どうやって収穫するのか、とか。
だけどここでは、小学生が授業で田植えをしているし、近所のおばちゃんが野菜を収穫させてくれることもあります。食卓に並んでいるものがどこから来るのかを知っているということは、生きる力になると思うんです」
徒歩圏内に通える中学や高校がないなど、不便な面もある。何か専門的なことを学びたいと思ったら、どこかに下宿する必要があるかもしれない。
しかし少なくとも、生きるのに必要な力を自分で手に入れるという、もっともシンプルで根元的な学びができる環境が佐川町にはあるようだ。

「何に価値を置くか」で移住の選択は変わる
高知県に移住し、土地と深く関わり合いながら日々の暮らしを楽しんでいるお二人。最後に、地方移住を検討している人に向けてメッセージをいただいた。
朋世さん:「お金があったら、東京はすごく面白いですよね。美術館もあるし、マイナーな映画館にも行ける。そういう魅力的なもので溢れています。一方こっちは、お金がなくても、豪華な食材がなくても、近所のおばちゃんがくれた新玉ねぎを炒めただけのパスタがすごく美味しかったりして、そういう一瞬一瞬がすごく楽しいです。もしかしたら、若いときにはそれじゃ物足りなかったかもしれない。大事なのは、今の自分が何に価値を置くかということなのかもしれません」
梨恵さん:「ここは、空気が良いので、道を歩いているだけでも楽しいです。まずは、その土地に実際に行ってみて、自分が気に入るか気に入らないかを確かめてみると良いと思います」
さらに朋世さんは、「人と関わるのが嫌だから田舎に移住しよう」という考えはやめたほうがいいとも話す。
朋世さん:「近所の人と助け合わないとやっていけないんです。周りに自然がたくさんある環境は、良いことばかりじゃなく、大変なこともいっぱいあります。草がどんどん生えてくるので手入れしないといけないし、大雪が降ったときにはみんなで雪かきしないといけない。人が少ないからこそ、人と人との関わりがすごく大切です」
10代でヨーロッパに留学し、日本とはまったく異なる文化や人間関係の中で生きてきた朋世さんと梨恵さん。そんな二人が今、自分の生きる場所を山あいの小さな町に見いだした。
それぞれの得意分野を生かしながら、佐川町だからこそできることを探求し続けているお二人。ポワリエショコラのチョコレートの一粒一粒には、高知の食材と共に、二人の人生がぎゅっと閉じ込められている。