移住者プロフィール
渡部真子さん
利用した支援制度
地域おこし協力隊
出身地:千葉県、前住所:船橋市、現住所:栃木県真岡市、職業:真岡市の地域おこし協力隊
目次
INDEX
犬のお世話に夢中になった幼少期を経て、ドッグトレーナーの道へ
千葉県船橋市で生まれ育った渡部さん。子どもの頃は、栃木県那須塩原市にある祖父母の家まで遊びに行き、祖父母が飼っていた犬や猫たちと触れ合うのを楽しみにしていた。とりわけ、3匹の犬の世話をするのが好きだったという。
「ワンちゃんは、ご飯を準備していると、もう待ち切れないくらいに喜んだ顔をして一生懸命に食べてくれるんです。自分が用意したものをそんなふうに喜んで食べてくれるのがとても嬉しくて。その姿を見たくて、ついついあげすぎてしまって、よく怒られていました(笑)」
その後、「動物に携わる仕事がしたい」と思うようになり、高校卒業後はドッグトレーナーを目指して専門学校に進学。一から犬のことを学び、多くの犬と接する中で、次第にやりたいことが明確になっていった。
「生まれたばかりの子犬の時期からお世話をしているうちに、この子が飼い主さんとずっと一緒に、家族として楽しく生きていけるようにサポートしたいと思うようになりました。それが叶えられるのはペットショップだと思い、アルバイトで働いていた地元のお店に就職し、ドッグトレーナーとして働き始めました」
働いていると、店を訪れるお客さんからよく相談を持ちかけられた。そのペットショップがあるエリアは道幅が狭く、歩行者が車道の脇を歩かなければならないなど、犬と快適に散歩するにはあまり向かない環境だった。
「リードを外して犬が思い切り走り回れるような場所が近くにないか、もっと犬と触れ合える場所を知りたい、といったご相談を受けるのですが、近くには紹介できる場所がないことにもどかしさを感じていました。普段のお散歩コースの中にそうした場所がもっとあればいいのに、と漠然と考えるようになりました」
「栃木×ドッグラン」で見つけた真岡市の地域おこし協力隊
そんな時、ネット検索をしていて見つけたのが、栃木県真岡市の地域おこし協力隊の募集だった。
「いつかは自分でドッグランを作って、犬と飼い主さんに楽しく遊んでもらいたい、いつかは祖父母の家がある栃木県に住んで、犬と一緒に思い切り駆け回りたいという夢がありました。そこで『ドッグラン 栃木』というワードでネットで検索してみたところ、真岡市が真岡まちづくりプロジェクトの一環で、ドッグランの社会実験を行っているという情報がヒットしたのです。興味を持ってSNSをフォローしてチェックしていたら、地域おこし協力隊の募集のお知らせもあって、『これしかない!』と思い応募しました」
応募する前には、一度、現地に足を運び、実際のまちの様子を確認した。
「ドッグランは公園のような場所にあるのかなと思っていたのですが、実際に行ってみると意外にも街中の、市役所前の河川敷にありました。こんな街中の広々としたスペースでワンちゃんが遊べるなんて真岡市ってすごい!と感動しました」
地元の人との触れ合いも渡部さんの心を動かした。
「私はすごく方向音痴で......。真岡駅から市役所まで、15分くらいのところを歩いている途中で迷子になってしまい、困っていたら、おじいさんが心配して声をかけてくれました。その方は、実は、観光コンシェルジュのボランティアで、市役所まで道案内をしてくれるだけでなく、県の有形文化財に指定されている金鈴荘(回遊式の日本庭園を備える、岡部呉服店二代目・岡部久四郎によって建てられた別荘)の中まで案内してくださいました。こうした人の温かさを実感したことも、移住の決め手になりました」
公共空間を有効活用する、市民主体のまちづくり
真岡市は栃木県の南東に位置し、東に八溝山地(やみぞさんち)が連なり、西に鬼怒川が流れる自然豊かな都市。東京からは約90キロの距離にあり、東北新幹線を使えば約1時間40分で到着する。いちごの生産量日本一を誇り、さまざまな品種を食べ比べするのも楽しみ方のひとつだ。
「“とちおとめ”や“とちあいか”など、たくさんのいちごが食べられます!とちおとめは甘さの中に酸味がありますが、とちあいかはとにかく甘いのが特徴です。白いいちごの希少な品種、ミルキーベリーもおすすめです」
それまで縁のなかった土地にひとりやってきた渡部さんを、真岡市は温かく、充実したサポートのもとで迎え入れてくれた。
渡部さんが地域おこし協力隊として関わっている「真岡まちづくりプロジェクト(以降「まちつく」)」は、高校生・大学生と地域の大人たちとで構成されており、このうち大人のメンバーは自治体の職員ではなく、地域の人たちだ。中には企業の社長を務めている人などもいる。
着任当初に、こうした地域の大人たちと引き合わせてもらったことで、その後の活動やコミュニティに入っていきやすかったという。
「まちつく」は、2021年4月に始動したプロジェクトで、使われていない公共空間を活かしながら、学生を中心に市民が主体となって行うまちづくり実験だ。現在、4年目を迎えており、渡部さんはその2期メンバーとして活動に加わった。移住前に見つけたドッグランの社会実験も、もともとは学生の発案で始まったもので、使われていなかった市役所前の河川敷を有効活用するアイデアだったという。
ドッグランをアップデート。犬の講座や相談会も開催
そして着任後、希望通りドッグランのプロジェクトに参加した渡部さんは、愛犬と飼い主の双方が楽しめる、より良いドッグランを実現するべく、新たなアイデアを出していった。
「これまでのドッグランの話を聞いてみると、初めてドッグランを利用する方が多いようでした。そのため、初めての方でも安心して利用できるように、初心者エリアと一般エリアに分けることにしました。その際、芝生広場の地形も活かしてワンちゃんが走りやすい形状にすることと、ドッグラン以外の方も河川敷を利用しやすくすることにもこだわりました」
ドッグランは、市役所前の五行川河川緑地と呼ばれる河川敷にあり、街中にありながらも、目の前には川が流れていて景色がいい。川の音や匂いは犬にとっていい刺激になるそうで、「日常のお散歩コースのなかで、リードを外して走り回れる非日常を味わえる空間にしたい」というのが渡部さんの想いだ。
実際に利用した人たちからは、嬉しい反応が届いているという。
「あるワンちゃんは、外に出ても緊張して動けなくて、少し震えてしまうような怖がりな性格でした。でも、初めてドッグランを利用したら『とても楽しそうに走り回っていつまでも帰りたくなさそうにしていた』と飼い主さんから聞きました。『外でこんなに嬉しそうに走っている姿は初めて見た。遊びに来て良かった』と言ってくださったときは、本当に嬉しかったです。私が見たかったのはこの景色だ!と思いました。最近は、利用者が増えて、市外から足を運んでくださる方もいらっしゃいます」
ドッグランをグランドオープンしてから1年ほどは、ドッグトレーナーとしての経験を活かし、定期的に犬の飼育に関する講座や相談会も開催してきた。講座のテーマには、おもちゃの遊び方や散歩の仕方のほか、飼い主と話している中で気づいた地域特有のお悩みなども取り上げたという。
「例えば、真岡市は庭付きの広い家が多いためか、家の中で走り回っているうちにテンションが上がり過ぎて、吠えてしまったり、コントロールが効かなくなってしまう、というお悩みが多く聞かれました。講座では、そうした方に向けて、興奮させないおもちゃの使い方などをワンちゃんとの実践をまじえてお伝えしました」
学生主導の大好評企画「寺子屋ドーナツ」&「スマホ相談会」をサポート
こうした犬に関する取り組みと並行し、地域おこし協力隊の2年目は、「まちつく」を運営して、学生をサポートする役割も引き受けた。
その活動のひとつが「寺子屋ドーナツ」だ。
「春、夏、冬の長期休みに、高校生や大学生が小中学生に勉強を教え、休憩時間にみんなでドーナツを食べながら交流する、という企画です。ドーナツは、市内のお豆腐屋さんが作っている豆乳ドーナツや、市役所近くのパン屋さんにお願いしたドーナツを提供しています。この企画も、もとは高校生の発案でした。昔、市内には全国的に有名なドーナツ屋さんがあったものの、今はなくなってしまったので『ドーナツでまちづくりをしたい』というアイデアが生まれたのです。そこから、『学生だからできることとして、勉強を教えることで、ドーナツのように人の輪を繋いでいきたい』という思いで辿り着いきました」
歳上のお兄さんやお姉さんと一緒に勉強し、宿題も進められる。そうした評判が口コミで子どもたちや保護者の間に広がり、企画は大好評。毎回3日間の開催だが、参加者(定員20名)を募集すると数日で満員になるという。
もうひとつ、渡部さんが運営サポートとして関わっている「スマホ相談会」は、この寺子屋ドーナツから生まれた企画だ。寺子屋ドーナツが小中学生を対象にしているのに対して、スマホ相談会は地域のご高齢の方向けだ。
「寺子屋ドーナツは市役所2階の青空ステーション(市民プラザ)で開催しているのですが、そこに来ていたおじちゃんやおばあちゃんたちから『私たちにも何か教えてほしい』という希望が寄せられました。スマホは持っているけど操作が難しい。家族に聞いても『それくらいわかるでしょ』と言われてしまい、なかなか使いこなせない。そんな切実なお悩みを学生たちが受け止めて実現した企画です」
こちらも先着10名の枠がすぐに埋まってしまうほどの人気ぶり。現在、2ヶ月に一度のペースで開催している。
「スマホを通して若い人たちと話をする機会が生まれ、おじいちゃん、おばあちゃんたちはとても楽しそうです。相談会が終わる頃には、スマホの操作とは関係なく、『この前、栗を拾いに行ったんだよ』といった、世間話をする時間になっています(笑)」
犬とまちづくりをテーマに地域おこし協力隊に参加した渡部さんだが、今ではこうした学生たちのサポート役にも大きなやりがいを感じているという。
「高校生や大学生が自分たちのやりたいことを実現していく姿を見るのは、とても嬉しいです。『今までは、自宅と学校の往復だったけど、まちつくに参加したことで学校生活の外で地域との交流が生まれ、視野が広がった』といった学生たちの言葉を聞いたときは、サポート役として本当にやりがいを感じました」
犬と仲良く暮らせるまちづくりに向けて。出張ドッグトレーナーの活動を本格化へ
現在、地域おこし協力隊として3年目を迎えた渡部さん。「日常をちょっと楽しくする」企画づくりに、これまで以上に関わっていきたいと話す一方、ドッグトレーナーとしての想いも変わらず持ち続けている。
「犬と仲良く暮らせるまちづくりにも、引き続き取り組んでいきたいです。地域の人にもようやく、ドッグトレーナーとして顔を知ってもらえるようになりました。今後は、出張ドッグトレーナーとして、飼い主さんのご自宅に伺い、ワンちゃんの飼い方のサポートをしていけたらと思っています。今、モニターさんを対象に少しずつ始めているところなので、計画を立てて、本格的に進めていきたいです」
最後に、地域おこし協力隊、そして移住者の先輩として、地方移住を検討している人に向けてメッセージをいただいた。
「今はインターネットやSNSで簡単に情報を手に入れることができますが、移住する際には、やはり現地に足を運んでみることをおすすめします。自分の目で見て確かめてみないと分からないこともありますから。実際に足を運んで『ここに住みたい』と思ったら、迷わず一歩を踏み出してほしいです。その先にはきっとその土地でしか得られないものが待っていると思います」
学生が起点となって、小中学生からご高齢の方までさまざまな年代の生き生きとした交流が生まれている真岡市。そこに渡部さんのような「やりたいこと」を携えた地域おこし協力隊員が加わることで、まちと人との関係性にさらなる有機的な変化がもたらされるのかもしれない。
「これからもずっと真岡市に住み続けたい」と話す渡部さんの言葉に、このまちの明るい未来が見えたような気がする。