移住者プロフィール
竹下みな実さん
利用した支援制度
地域おこし協力隊
出身地:福岡県北九州市、現住所:北海道芦別市、職業:芦別市の地域おこし協力隊
目次
INDEX
幼少期を過ごした北海道。マンガとの出会い
福岡県北九州市出身の竹下さんは、小学生の頃に父親の転勤で4年ほど北海道で暮らしたことがある。抜けるような空の広さに心を奪われ、福岡に戻ることが決まると、「帰りたくない!」と駄々をこねるほど北海道が大好きになったという。
マンガを描き始めたのもこの頃だ。同級生にマンガを描いている友だちがいたことがきっかけだった。
「私も漫画家になりたい!と思って、大学ノートにマンガを描くようになりました。勝手に連載と称して友だちにも見せていました。オリジナル作品よりも、当時好きだったマンガの真似をして描くことが多かったのですが、『続きが気になる!』と言ってもらえたことが嬉しかったです」
しかし、中学生になると思春期の恥ずかしさから、「漫画家になりたい」と口にすることを躊躇するようになり、親からも「漫画家では食べていけない」と言われたことで、マンガを描く夢を諦めてしまったという。
その後、高校時代には『ハイスクールミュージカル』にハマり、楽しさのあまり一人で踊り出してしまったほど。海外や英語に興味を持ち、大学は国際大学に進学。ヨーロッパの町並みが好きだったことから、旅行会社で働くことも考えるようになった。
旅行業界や出版業界に挑戦するも、会社特有のルールにどうしても馴染めず、心の健康を害してしまうことも。派遣会社での仕事を続ける中で、竹下さんの心の支えになったのがマンガだった。
「気づくと、また絵を描いている自分がいました。『やっぱり、私はマンガが好きなんだな』と思い出して、もう一度、漫画家を目指してみようと思ったんです」
漫画家養成講座に通い、作品を出版社に持ち込むも、毎回同じ反応が返ってくる。「また、頑張ってください」という言葉が続き、なかなか成果が出せなかったが、その情熱は揺るぎないものだった。
「北海道に移住したい」母の言葉が行動のきっかけに
そんな竹下さんの人生に大きな転機が訪れたのは、2019年の北海道旅行だった。コロナ前に母と二人で訪れたこの旅行が、竹下さんにとって再び北海道の魅力を強く実感するきっかけとなった。
「広がる空と吸い込む空気が自分にぴったり合っていると感じ、理屈抜きでこの場所が好きだと再認識しました」
旅行から帰った後、「北海道に移住したい」と口にしたのは母だった。もちろん、竹下さんも賛成。しかし、父だけは首を縦に振らなかった。それも無理はないだろう、地元・福岡ですでにマイホームを建てていたからだ。
戸建てから戸建てに引っ越すという選択肢は現実的とはいえず、半ば諦めかけていたとき、福岡市で「北海道で暮らそう」という移住フェアが開かれることを知る。これが移住について情報を得る良いチャンスだと思い、参加を決意した。
フェアのブースに芦別市が出展していたことが、竹下さんの運命を変えた。
「最初に目を引いたのは、ポスターに描かれたイラストでした。風になびく女の子の髪が爽やかでありながらノスタルジックな色使いがとても素敵だったのです。そのイラストは芦別市の地域おこし協力隊の方が描いたものでした」
と竹下さんは振り返る。ブースで話を聞くうちに、自分のやりたいことや得意なことを活かせるフリーミッション部門の募集があることを知り、「マンガ制作のスキルが役立つかもしれない」とさらに興味を惹かれていく。
「地域おこし協力隊については、それ以前から何となく知っていましたが、もっと若い人が就任するものだと思っていました(竹下さんは現在35歳)。でも、芦別市の職員や協力隊の方と話していると、言葉の柔らかさや人柄の良さを感じて、人見知りの私でもすごくホッとできたし、『挑戦しても大丈夫かもしれない』と思えたんです」
さらに、家賃補助など住宅関係の移住支援が充実していることも魅力的だった。こうして「落ちてもしょうがない。受かったらラッキーだ」という気持ちで応募したところ、晴れて採用が決定。2024年6月に芦別市に着任する運びとなった。
愛犬との別れに涙。そして、芦別市での新しい出会い
それまで一人暮らしの経験がなかった竹下さんにとって、福岡を出て、ひとり北海道で暮らすことは大きな挑戦だった。何より寂しかったのが、二匹の愛犬との別れだったという。
「実家を出るとき、犬が『行かないで』と言っているような気がして、その別れのシーンがずっと頭から離れなくて、車を運転しながら泣いていました」と語る竹下さん。
福岡から北海道までの移動は、宿泊をはさみながら5日ほどかけて車で行なった。福井県の敦賀港からフェリーで北海道に渡り、心配した父がキャンピングカーで同行し、しばらく滞在してくれた。それでも移住して最初の一週間はホームシックになり、泣いて過ごすことが多かったという。
そんな竹下さんを、芦別市の人たちは温かく迎え入れてくれた。
「私は本当に人見知りで、初対面の人と会う時は緊張で気分が悪くなってしまうこともあるほどです。でも、初日に役所に行った時、そこに私より緊張している役所の方がいらっしゃって(笑)。『緊張する、緊張する...』とずっとおっしゃっていて、そのおかげで気分がほぐれました。それが私に対する優しさだったのかもしれません」
こうした経験から、竹下さんは芦別市のおすすめスポットとして、役所を挙げるほどの、“役所推し”になった。
「住民票をとる時も、窓口の方がすごく親切に対応してくださって、本当にほっとしました。キャンピングカーでついて来た父のことも、皆さんが温かくもてなしてくださり、感謝の気持ちでいっぱいです」
雄大な自然と街の機能が両立した芦別市
北海道の中部、空知川流域に位置する芦別市。全国でも上位に入る広大な市域面積を有し、その約89%を森林が占める自然豊かなまちだ。内陸であり盆地という立地条件から、季節ごとの寒暖差が大きく、夏と冬の温度差は60℃近くに達する。このため、鮮やかな色彩の花や木々、美味しく実る農作物を楽しむことができる。
移住するまで、一度も芦別市を訪れたことがなかったという竹下さんは、ストリートビューで何度も現地の様子を確認していたものの、実際に訪れてみると、その壮大な風景にあらためて感動したという。
「山に囲まれていると聞いていたので、北海道の他の場所より少し暗いイメージがあったのですが、思った以上に空が広くて、明るかったです」
自然の豊かさだけでなく、生活に必要な街の機能が一通り揃っていたことも、安心できた点だった。
「苫小牧でフェリーを降りて芦別市まで来る間には、コンビニがほとんどありませんでした。ずっとこんな感じだったらどうしよう……と不安がよぎりましたが、街に着いたら複数のコンビニがあったし、スーパーやドラッグストアも揃っていました。今のところ、生活で不便を感じていることはありません。洋服や可愛い家具が欲しいなと思ったら、車で40~50分ほどの旭川まで買い物に行くこともあります」
市内の観光スポットはまだそれほど訪れていないが、芦別市の名勝といわれる「三段滝」は迫力があり圧倒されたという。落差が大きく三段に見えることからその名が付けられた滝は、国道452号の道沿いから間近に見ることができる。
「ザーッという轟音が耳に心地よくて、邪念が洗い流されるような感覚があり、心が浄化されていくようでした」
芦別市は「星の降る里」をキャッチコピーにしており、星空観察も魅力のひとつだ。特に芦別のまちを一望できる上金剛山(かみこんごうざん)展望台は、市街地の灯りと満点の星空の競演を楽しめる人気の夜景スポットになっている。
「展望台はまだ行けていないのですが、芦別から旭川に向かう途中にある新城峠(しんじょうとうげ)からも、とても綺麗な星空が見えました」
炭鉱の町としての歴史をマンガで伝える
芦別市は、北海道の開拓時代に炭鉱の町として栄えた歴史を持つ。
「星の降る里」と「炭鉱の町」という2つの題材を組み合わせ、ファンタジーを織り交ぜたマンガを描くことが、竹下さんが地域おこし協力隊として取り組もうとしているミッションだ。
ファンタジーマンガとはいえ、炭鉱の町としての歴史や背景を事実に基づき、伝えていきたいと考えている。そのため今は、芦別市の歴史を勉強し、知識を蓄えているところだ。
北海道では、1869年(明治2年)に政府によって「開拓使」が設置されて以降、本格的な開拓が進められ、欧米の文化や技術を積極的に取り入れる中で、鉱工業などの新しい産業が発展を遂げてきた。一方、芦別市が炭鉱の町として栄えたのは、さらに時代を下った昭和初期~中期にかけてのこと。「芦別五山」と呼ばれる三井芦別炭鉱や三菱芦別炭鉱、油谷炭鉱などが次々に開鉱し、まちは活気にあふれたが、1960年代にそれらが相次いで閉山すると、人口は急激に減少した。
「こうした歴史について、本を読んだり、星の降る百年記念館(芦別開拓100年を記念して建てられた施設)の展示を見たりしながら、学んでいます。この記念館には、当時の道具や貴重な資料がたくさんあります。私がマンガを描きたいということを役所の方に伝えたところ、記念館の方にお話を通してくださって、取材もさせていただいています。
複雑な歴史もマンガにしたら興味を持ってくれる人もいると思うので、気軽に手に取って読んでもらえるようなフリーペーパーも作れたらと思っています」
また、竹下さんには移住に関するエッセイマンガを描きたいという構想もある。このように自分のやりたいことや得意なことで地域の魅力を発信できることが、地域おこし協力隊の大きな魅力だと竹下さんは話す。
その一方で、フリーミッションならではの難しさも感じているという。
「役所の方にやりたいことを相談すると、否定することなく、『いいね』と後押ししてくれます。とてもありがたく、恵まれた環境にいると実感します。ただ、それは全て自分次第ということでもあります。自分が行動しないと何も進まない。それが“自由”ということなのだと痛感しました。3年後には任期が終わるので、その先のことも見据えながら行動していかなければと思っています」
ほっとする感覚を味わうことが何よりの幸せ
最近、芦別市の地域おこし協力隊の先輩からの誘いで、空知地方の地域おこし協力隊のイベントに参加し、人との出会いの幅を広げている。
「そこで知り合った方から『絵を描いてほしい』と言ってもらえて、新しいつながりが生まれました。出会いの場はかなり緊張するのですが、そうやって人脈が広がっていくことにとても感動しています。これからも色々なイベントに参加してみたいです」
最後に、そんな竹下さんから、地方移住を検討している方に向けてメッセージをいただいた。
「私は最近、自分にとっての幸せはほっとする感覚を味わうことなんだと気づきました。朝ご飯に好きなパンを食べている時、『よし、やるか』と大好きな漫画と向き合っている時、そういう安心できる時間が一番大切だなって。芦別市に来てから、そんなふうにほっとする時間が増えたことを実感しています。
移住を検討している方も、その環境に身を置いたり、土地の人と触れ合ったりした時に、ほっとする感覚を大事にしてらえたらいいなと思います」
泣きながら北海道まで移動したり、役場の人の緊張で自分の緊張がほぐれたり、ひとつひとつのエピソードが可愛らしく、竹下さんらしさが滲みでているようだった。
そんな彼女の目を通して描かれる芦別市のマンガとは一体どんなものになるのだろう。「人見知り移住者」の冒険譚は始まったばかりだ。
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