移住者プロフィール
石井 翔馬さん
出身地:埼玉県川口市、前住所:北海道栗山町、現住所:北海道、職業:合同会社オフィスくりおこ 代表
目次
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北海道に移住を決めた理由
関東で暮らしていた石井さんが北海道に興味を持ったのは子供の頃のこと。家族旅行で訪れた北海道に魅了され、自然と関心を抱くようになった。
社会人になってからもたびたび北海道を訪れ、その魅力に憧れを抱き続けていた石井さん。
新しい挑戦をしたいという思いから、地域おこし協力隊に応募し、2016年4月に栗山町へ移住した。
当時、栗山町では「くりやまちょうPR隊」という名称で協力隊を募集しており、活動分野はふるさと納税、移住・定住、観光振興の3つだった。
「農産物を調理して撮影して、サイトを拡充してPRするという内容に、これまでの管理栄養士としての経験を活かせると感じました。
さらに、ふるさと納税業務は、将来的に外部委託することを目指しており、ほかの自治体と比べると募集内容が具体的で、出口戦略まで明確に示されていた点に興味を惹かれました」と石井さん。
縁もゆかりもない栗山町に移住
北海道栗山町は、札幌から車で1時間、新千歳空港からも45分と、北海道のなかではアクセスが良い立地にある。しかし、石井さんが移住前に栗山町に訪れたのは、移住体験ツアーの1度きり。
その理由は、栗山町は北海道の内陸に位置し、観光地や海の幸といった特産物が少ないため、観光客はもちろん道民も通り過ぎてしまう町だからだ。
そんな栗山町への移住を決めた理由について、石井さんは「町がコンパクトでスーパーやコンビニ、ドラッグストアなど生活に必要なものが町中で一通り揃っている点が大きかった」と話す。
実際に暮らし始めて感じた一番の変化は「通勤電車に乗らなくなったことくらい」で、生活に大きな不便はなかったという。
とはいえ栗山町は豪雪地帯ではないものの、雪かきは必須。1年目は「雪かきするぜ!」とイベントのように楽しんだが、3年目にはすっかり日常の一部となった。
また、栗山町には旬の野菜や地元の酒蔵のお酒といった地域ならではの魅力もある。一方で、濃密な近所付き合いというよりは、程よい距離感の「地元感」が心地よく、そこが石井さんにとって栗山町の大きな魅力だと感じている。
ふるさと納税成功のカギは「ファンづくり」
地域おこし協力隊として、PRや情報発信、イベント・祭事スタッフ、ふるさと納税業務、観光・移住業務 など、幅広い業務に携わった。
「最初のうちは右も左もわからないので、数打てば当たるという気持ちで挑んでいました。」と振り返る石井さん。未知の分野にも恐れることなく次々とチャレンジしていった。
その結果、納税額が増加するなど、数字としての成果も現れた。一方で、石井さんが最も大切にしていたことは「ファンづくり」の姿勢だそう。
栗山町を多くの人に知ってもらい、継続的に応援してもらえるよう、話題作りや情報発信を工夫しながら取り組みを続けたという。
なかでも石井さんが特にやりがいを感じたのは、ふるさと納税の返礼品であるメロンを通じてまちを盛り上げるプロジェクト「メロン男子」だった。
この取り組みは、全国に栗山町の名前を広めるとともに、まち自慢のメロンを多くの人に知ってもらい、味わってもらうことを目指したものだ。
「『メロン男子』は出演してくれた職員の皆さんも快く参加してくれて、撮影中もノリノリでした。北海道内のテレビ番組でも取り上げてもらえ、『メロン男子の町』と認知が広がり、PRに大きく貢献できたと思います」と石井さんは語る。
プロジェクトにはユーモアの要素も取り入れたが、一方で、マイナスプロモーションとならないよう、慎重に進める必要があった。そこで過去の炎上事例を研究しながら、批判を受けることなくインパクトを残すギリギリのラインを見極め、効果的な企画を実現したという。
役場の協力もありプロジェクトは成功したが、進行には苦労も多かった。
「『メロン男子』では若手職員を5、6人集めて撮影するだけでも、各部署の上長から承認を得る必要がありました。さらに、業務の合間の限られた時間で協力してもらうため、スケジュール調整が特に大変でした」と石井さんは振り返る。
それでも、試行錯誤を重ねながら実現した「メロン男子」は、栗山町のPRにおける成功事例として大きな成果を残すこととなった。
ゼロからチャレンジする原動力は…
役所との仕事は多くの書類が必要で、企画を実行するためには予算、事業計画、企画書などを作成し、決裁を得なければならない。そのため、一般企業とのギャップを感じる場面もあったという。
「もともと飽きっぽい性格で、常に新しいことに挑戦していないとダメなんですよね」と石井さん。
これまで企画書づくりや事業計画、予算組みなどは未経験だったため、ほかの職員が作成したものを参考にしながら添削を受け、手探りでスキルを身に付けていった。
「確かに大変な部分もありますが、毎日全く違う内容の仕事に取り組めるのは非常に面白いです」
学生時代には文化祭の実行委員やボランティアに参加し、わくわくする企画を立ち上げることが好きだった石井さんにとって、未経験の分野にも楽しみながらチャレンジすることは自然なことだったのだ。
栗山町でおもしろいことをやりたい
協力隊は任期終了後、地域に定住する場合、転職か起業を選ぶケースが多い。石井さんも協力隊の任期中に、町業務のアウトソーシングや地域密着型の飲食店「cafe&bar くりとくら」の準備を進めていた。そして、同じく協力隊の仲間である高橋毅さんとともに『合同会社オフィスくりおこ』(以下、くりおこ)を起業した。
「日本の地方で若者が活躍できるように一緒に頑張ろうという想いから、年齢が若い私が代表になりました」と石井さん。
初めての起業で戸惑うことも多かったが、移住2年目に行政の制度を活用し、地方創生に強い外部アドバイザーを招聘(しょうへい)する。
栗山町での「おもしろいこと」を具体化するため、当時のメンバーとやりたいことをリストアップし、マインドマップを作成。これらを事業計画に落とし込む作業を行った。
現在、くりおこは地場産品を活用した飲食店の運営や、町の滞在拠点となる宿泊施設の運営に加え、行政からふるさと納税業務の委託を受けている。
ふるさと納税業務は、都市部の企業に外注する自治体が多いが、その場合、得た税収が地域外に流出してしまう課題がある。くりおこでは、事務作業や取材、情報発信、新規返礼品の開拓など業務全般を担当し、栗山町内で経済を循環させている。
また地域おこし協力隊募集・採用業務も委託されており、移住希望者に町の暮らしを体験してもらう「おためし協力隊」という制度を実施している。
「2泊3日という短い期間ですが、初日のお昼からスタートして最終日も昼過ぎには終わるスケジュールの中で、できるだけ町のさまざまな場所を訪れていただき、多くの人と交流してもらう内容にしています。
良いところばかりを伝えるのではなく、町のリアルな部分もお見せするよう心がけています」と石井さんは語る。
この姿勢こそが、移住希望者との信頼関係を築き、より現実的な移住プランをサポートするポイントとなっているのだろう。
地域密着型の新たなビジネスモデルを目指す
「宿泊に関しては、2019年10月にオープンしましたが、わずか2か月後に新型コロナウイルスが流行し始め、非常に厳しい状況でした」と石井さんは振り返る。
起業後、ふるさと納税事業は順調に軌道にのせることができたものの、飲食・宿泊業はコロナの影響で集客が難しくなり、苦労が絶えなかった。
どれか一つの事業に依存するリスクを避けるため、事業計画の段階から委託事業と自主事業の2軸に加え、もう一つの柱となる事業が必要だと考えていたという。
そこで新たに挑戦したのが、栗山町発のクラフトビールプロジェクト「くりおこクラフト」だ。
自主商品として開発することで、イベントやWEBショップでの販売だけでなく、海外へのアピールも視野に入れている。
栗山町は北海道最古の酒蔵や醤油蔵があるなど、醸造文化が根付いている土地。そこに南空知初となる発泡酒醸造所の設立を目指し、2025年春のクラフトビールリリースを目標に準備を進めている。
「クラフトビールを通じて、まち全体を元気にしていくことが私たちの使命だと思っています。我々が取り組んでいることは決して特別なことではなく、やろうと思えばどこの自治体でもできることです。もちろん簡単なことではないのですが、簡単ではないからこそ『本気でやろう!』と思える人を増やしていきたいです」
くりおこでは、委託業務と自主事業を掛け合わせ、協力隊時代に培った経験やスキル、行政や地域住民とのつながりを最大限に活かした、新たな地域密着型のビジネスモデルを構築している。
「日本各地で協力隊の任期を終えた人が次々と新たなビジネスを立ち上げることで、地方が元気になり、ひいては日本全体が活性化すると考えています」と、石井さんは地方創生への熱い思いを語る。
移住で「やりたいことにチャレンジできる」環境に
「くりおこは少数精鋭の職場ですが、とても和やかなんです。『まじめに仕事はしているんですけど、社内が賑やかであればあるほど、特にトラブルなく平和なんだな』と思うんですよね」と石井さんは笑顔で語る。
「朝起きて、自分の意思で仕事に行って、無事に帰ってゆっくり寝られるーー。そんな当たり前の日常こそが、人生の豊かさだと感じています」
「今の方が楽しい」と感じるいちばんの理由は自分の意思で「やりたいことをやれていること」だそう。
協力隊就任時は一人暮らしだった石井さんだが、現在は栗山町に移住する前からお付き合いしていた方と結婚し、ご家族とともに北海道での生活を送っている。
「移住というと大それたことのように聞こえるかもしれませんが、私は『移住』を『引っ越し』だと考えています。『引っ越し』だと思えばもっと身近に感じられませんか?」と石井さん。
「環境がガラッと変わる分、家族のことも含めて周囲としっかり相談しながら検討してほしいですが、あまり構えず、軽い気持ちで考えてみてください」とも話す。
新たな環境や未知の分野への挑戦には不安がつきものだが、石井さんは「わくわくすること」を実現するために常に前向きに進み続けている。
未経験の分野にも臆することなく挑み、周囲を巻き込む姿勢が「本気でやろう!」という熱意を広げ、次々と前向きなエネルギーを生み出しているのだろう。