移住者プロフィール
新井 さん
出身地:京都府、現住所:長野県佐久市

目次
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夫は単身赴任。妻と子だけの「母子移住」を選択
新井さんご一家は、京都出身のご夫婦と、現在、小学生の長女、移住後に生まれた長男の四人家族。ご夫婦はそれぞれ東京に出て働いていた時期もあったが、結婚を機に京都へ戻り、長女が誕生。家族三人で暮らしていた。
新井さんが「母子移住」という形で、京都から長野県佐久市に移住したのは2021年のこと。なぜ、そのような選択に至ったのだろうか。
「夫の仕事の関係でゆくゆくは長野に移る計画はあったものの、それがいつになるのかは未定でした。でも、私は子どもを転校させたくなかったので、移住するのであれば長女が小学校に上がる前がいいと思ったんです」
長野県の小学校を調べてみると、幸運にも「ここに通わせたい」と思える、魅力的な教育方針の学校が見つかった。その学校があるのが佐久市だった。
「そこへ入学させられることが決まったので、私と娘だけ一足先に移住することになったんです。夫は『単身赴任』という形で京都に残り、週末だけこちらに通っています」
移住後、コロナ禍の中で長男を出産
移住した当時、新井さんは長男を身ごもっており、妊娠6カ月だった。母子移住だけでも苦労は多いはずだが、妊娠、出産ともなればなおさらだろう。そこにコロナ禍という特殊な状況も重なってしまった。
「産前産後の3カ月くらいは、私の母が娘の面倒を見に来てくれました。一時は主人もしばらくこちらに滞在して、娘が不安にならないよう一緒に過ごしていました」
他県と比べても、厳格なコロナ対策がとられていた長野県。妊娠中は、病院を受診するにも厳しい制限が設けられていたり、陣痛タクシーが日中しか走っていなかったり……と、大変なことが多かったという。
「当時は妊婦さんの感染が心配されて、特に規制が厳しかったんです。出産の立ち会いや入院中の面会も禁止。出産後も、一ヶ月検診までは『パパの同行は控えてください』と言われました」
現在、週末に車で5~6時間かけて佐久にやって来る夫は、ご飯の作り置きをしたり、離乳食をまとめて作ったりと、できる方法で育児の一端を担ってくれている。
子どもと力を合わせて生活。ご近所との交流も助けに
家族のサポートはありながらも、慣れない土地で母と子だけの三人暮らし。特に、コロナのせいで家から出られない時期は、気持ちが沈みがちだったという。そんな時はよく、長女と一緒に動画配信サービスを観て気分転換していたそうだ。
「それまでは、テレビを見せないようにしていたんですけど、一気に解禁しました。娘がポケモンにはまって、昔のものから最近のものまで結構見ました。思い出深いですね……もう、子どもと一緒に力を合わせて生きていこうっていう感じでした」
子育てを通じて地域社会との交流も徐々に生まれ、近所に住む人からの心遣いや差し入れに助けられることもあった。
「同じように赤ちゃんがいる近所の人がすごく気にかけてくれました。妊娠中の送り迎えを『手伝おうか?』と声をかけてくれたり、旬の時期に佐久のプルーンを差し入れてくれたり。周りの人の温かさで辛いときも何とか乗り越えられましたね」
早寝・早起きが習慣化
移住後の生活の変化について伺うと、一番変わったことは、早寝・早起きの習慣が身についたことだという。
「京都で上の子が赤ちゃんの頃は、朝10時くらいまで寝ていることもありましたが、今は毎日5時くらいには起きています。
子どもたちそれぞれに朝ご飯を食べさせて、上の子をバス停まで送って、午前中に下の子を児童館に連れて行って、夕方、上の子が帰ってきたら夕飯とお風呂……そんな感じの毎日です。夜は子どもたちと一緒に寝るので、早ければ8時くらいには寝ていますね」
佐久の夜は暗く静かで、町全体が眠る雰囲気になるのだという。朝日が昇るのと同時に起き、夜の帳が降りると眠りにつく。自然のサイクルに合わせて生活することで、京都にいた頃と比べて健康的な暮らしができているようだ。
佐久市の魅力はどんなところ?
新井さんが移住した佐久市は、長野県東部に位置する人口10万人の高原都市。北に浅間山、南に蓼科山や八ヶ岳を望むことができ、市の中央には千曲川が流れている。標高700mの地点にある佐久平駅には北陸新幹線が乗り入れており、東京までは約75分でアクセス可能だ。
ここからは、実際に新井さんが移住して感じた佐久市の魅力をご紹介する。
魅力1:子育てがしやすい(児童館が充実)
佐久市は「ゆったりと子育てができる場所」だと話す新井さん。特に気に入っているのが児童館だ。佐久市には、就学前児童が保護者と一緒に通える児童館が5つある。
ある時、こんなことがあったそうだ。
「児童館に行ったら、複数のお母さんたちが一カ所に固まってお喋りをしていました。それを見た職員の方が、『ちょっと子どもたちをハイハイさせようか』と声掛けして、そのお母さんたちをあえて分散させるような空気を作ったんですね。
どうしてだろうと思っていると、その人はあとで『ごめんね』と謝りながら、『お母さんたちが固まってしまうと、どうしてもそこに入れないお母さんがいるから、みんなが来やすいようにしているんだ』と、その理由を説明してくれました」
京都にいた頃の児童館では、「みんなで一緒に〇〇をしましょう」という雰囲気にしんどさを感じることがあったという新井さん。佐久市の児童館の「さっぱりとしていながら、優しさも感じられる」対応に好感を持ったという。
「場所が広いし綺麗だし、過ごしやすくて、子育てがゆったりできている感じがします。助産師さんや保育士さんがいる曜日もあるので、何か下の子のことで聞きたいことがあったら行って相談できるのも安心でした」
魅力2:「利便性」と「のどかな田舎」の共存
佐久市は、市街地ゆえの「利便性」と、地方ならではの「田舎らしさ」を兼ね備えている点も魅力のひとつだという。
佐久平駅を中心に広がる市街地には、大型のショッピングモールや24時間営業のスーパーがあり、国道沿いには、ファストファッションブランドやインテリアショップなども立ち並ぶ。生活に必要なものは不自由なく手に入るそうだ。
「買い物に関しては、車を使う必要がある点を除けば、ほとんど京都と変わらない生活が送れています。佐久は道が広くて、自転車やバイクがあまり走っていないので運転もしやすいです。京都では電動自転車を使っていたんですが、車に乗るようになったことで、落ち着いて買い物ができている気がします」
駅の近くにはスキー場があり、冬はスキーやスノーボードが楽しめる。これは高原都市ならではの魅力だろう。お昼にふらっと行って少し滑って帰ってくる、という気軽な楽しみ方ができるそうだ。
そんな便利な市街地を少し離れると、景色は一変、開けた視界の先に田畑が広がり、のどかな田舎町といった印象になる。これは次の魅力につながっていく。
魅力3:四季の移り変わりが感じられる
新井さんの家には見晴らしのよい窓があり、一面に広がる田んぼを見渡すことができる。その奥に聳えるのは浅間山だ。
「田植えをして、稲が育って、穂が実って刈り取られる……そんな田んぼの様子や自然の色の変化で季節の移り変わりを知ることができるのも、佐久に住んでよかったことのひとつです。
鳥の声も全然違うんです。3月か4月くらいに洗濯物を干していたら、トンビが『ピーヒョロロ』って鳴くのが聞こえて、しみじみと山に来たなと感じました。しばらくするとカッコウも鳴き出すんですよ。カッコウの声ってあんまり聞いたことなかったんですけど、本当に『カッコウカッコウ』って言うんですね。田んぼにキジがいたこともあるし、時期になると水路にカルガモが姿を見せます」
地元の人は、浅間山の冠雪の回数を数えて冬の訪れを知るというが、新井さんもそんな山の変化を見ながら、冬支度をしているそうだ。
「京都の景色も綺麗ですけど、その中にどうしても人混みがあるから、せかせかした気持ちになるんですよね。今は、広々とした自然を眺めて『秋になったな』『冬本番だな』とゆったりと感じながら生きていける。それがすごく面白いです」
人の温かさに触れられる、風通しのよい町
今でこそ佐久の魅力を実感し、安心して生活している新井さんだが、移住するまではどんな場所なのかわからず、不安も大きかったという。
移住するにあたり、住まいのことなどを行政に相談した。その際、親切に対応してもらったことが印象に残っているそうだ。
「空き家について問い合わせた際には、『この家は寒いよ』とか、良くないところも正直に教えてくれたのがありがたかったです。
対応できないことがあっても、『無理なものは無理』と突っぱねるのではなく、『ごめん、ちょっと無理でね。他にないんかな?』と周りの職員に聞いてくれる雰囲気があって、”お役所仕事”というより、人として温かく接してくれていると感じました」
地元の人も、移住者の受け入れに前向き
佐久は移住者が増えていることもあって、地元の人も受け入れに前向きなようだ。「どこから来たの?」と興味をもって話しかけてくれる人が多かったという。
「佐久にきてから、おじいちゃん、おばあちゃんたちとも話をする機会が増えました。最初に住んだ家のお隣が老夫婦のご家庭だったんですけど、すごくよくしていただきましたね。
そこはあまり雪が降らない地域だったんですけど、この前の冬は珍しく雪がいっぱい降って。朝、みんなで駐車場の雪かきをするんです。そうすると自然と交流が生まれて、私は雪かきの仕方が全く分からなかったんですけど、何を使ってどうやればいいのか親切に教えてくださいました」
元気に挨拶を交わす子どもたち
佐久の子どもたちにも驚かされた。道で出会う中学生や高校生がみんな積極的に挨拶をしてくれるというのだ。
「私が道端で子どもと一緒にしゃがんでカエルを探していたとき、後ろを通る中学生が『こんにちは!』って、こちらが振り向くくらい大きな声で挨拶してくれました。
マウンテンバイクに乗って颯爽と走っていく高校生も、通りすがりに『おはようございます』ってちゃんと言うんです。会う子会う子がみんなそうなので、当たり前に挨拶する文化なんだなと驚きました。
佐久で育ったら、いい子しか育たないんじゃないか、と思いましたね(笑)」
都市部で暮らしていると、通行人が互いに挨拶するほうが珍しくなってしまっている。
佐久の子どもたちは、小さいときから見知らぬ人同士が当たり前のように挨拶を交わす姿を見て育つからこそ、自然と挨拶ができるようになるのかもしれない。挨拶されると、長女は照れながらもモジモジと頭を下げるそうだ。
移住したいと思ったら、住んでみるのが一番
佐久には特別なものは何もなくても、日々をゆったりと楽しめる環境がある。
母子移住という形で移住して2年目。1年目は出産の慌ただしさで移住生活を味わう余裕もなく過ぎていってしまったため、今、ようやく落ち着いて、日々の生活や日常の風景を楽しみなおしているそうだ。
「今後のことはまだわからない」と話す新井さん。子どもたちが中学校を卒業するまでは佐久に腰を据えて暮らすつもりだというが、どうなるかはその時の状況次第。「今は、子どもが小学校に通えているだけですごく嬉しいんです」と話してくれた。
最後に一言、移住を検討している人に向けてメッセージをいただいた。
「移住は、頭で考えているよりも、実際住んでみると案外いけるものでした。私は特に虫と寒さを心配していたんですけど、寒さは何とかなったし、虫は今でも嫌いだけど、移住生活にはそれに勝る楽しさがあります。ちょっとでも移住したいと思ったら、住んでみるのが一番だと思いますよ」
子育てを中心に回っている新井さんの毎日は、子どもの成長の喜びを感じる時間であると共に、慣れない土地で、地域の人との緩やかなつながりを築くきっかけにもなっているようだ。
人と人との距離が近すぎると疲れてしまうし、遠すぎると寂しい。相手の名前を知らないまま、挨拶を交わし合うくらいの距離感がちょうどよいときもあるだろう。
子どもを育てる環境としてはもちろん、過密な都会暮らしに疲れてしまった人の休息の地としても、佐久は魅力的な場所かもしれない。