移住者プロフィール
吉澤祐佳さん
出身地:東京都、前住所:熱海市、現住所:伊那市、職業:地域おこし協力隊
大学卒業後、一般企業に就職
1996年生まれ、東京都出身の吉澤さん。地方で働くことに興味を持ったのは、2016年に発生した熊本地震がきっかけだったという。
「ちょうど就職活動の時期でした。テレビで熊本地震のニュースを見て、地域の方同士がコミュニケーションを取り合うことで、助かった命がたくさんあったことを知り、人と人の新たなつながりが生まれるような、地域と深く関わる仕事がしたいと思うようになったんです。
大学では社会学を学んでいて、進路を選ぶ時から地域社会に対する関心はすでにあったのですが、地震をきっかけにそれがより明確になったという感じでしたね」
東京で働く選択肢はなかったと話す吉澤さんは、大学卒業後、地域づくりを事業の主軸に置く熱海の企業に就職。小売部門の配属となり、熱海の商店街にある店舗に勤務した。
「熱海はシャッター街だったところから、徐々に活気を取り戻しつつあるところでした。同じ商店街に店舗を構えているみなさんと協力し合い、地域に根差したお店になり、さらに観光客を呼び戻すことができたら、という想いで働いていました」
利益追求ではなく、人との関わりを大切にしたい
そうした中でなぜ、地域おこし協力隊という道を選ぶことになったのだろうか。
「地域おこし協力隊のことは、就活をしている時からなんとなく知っていました。ただ、一度は一般企業に勤めてみようという気持ちがあったので、熱海の会社に就職したんです。
でも、会社という組織の中で働く以上は、どうしても利益を求めなければならないんですよね。それは会社として正しいあり方だと思いますが、私としてはもっと地域の方と一緒に働きたい、一緒にまちづくりをしていきたいという想いの方が強く、少しずつギャップが生まれてしまいました。
そんな時に思い出したのが地域おこし協力隊のことでした。地域に入り込んで、地域の方と深く関わりながら生きることのできる働き方として、協力隊はいいのかもしれないなと」
迷った末に会社を辞める決断をした吉澤さんは、興味のある自治体の地域おこし協力隊に応募。関東や甲信越を中心に、面白そうと思えるミッションを掲げる自治体を探したという。そして、最終的に選んだのが長野県伊那市だった。
「もともと場所に対してそれほどこだわりはなく、『地域おこし協力隊としてお仕事がしたい』という想いのほうが先行していました。伊那市を選んだのは、応募した中でも特にミッションの自由度が高く、ワクワク感を感じられたからです。地域の方との関わりも自分次第で多く作ることができそうだと思えたことも決め手になりましたね」
2021年、伊那市に移住。町の特徴は?
長野県南部に位置する伊那市は、東に南アルプス、西に中央アルプスがそびえ、市の約80%を森林が占める。両アルプスの間を流れる天竜川や三峰川沿いには平地が広がっており、米や野菜、果樹など肥沃な土地と良質な水を活かした農業も盛んだ。
地域おこし協力隊として採用されるまで、一度も訪れたことはなかったものの、伊那市に住むことに対して特に不安はなかったという。
「生活環境に関して特に不便に感じていることはありません。正直、もっと田舎だと思っていましたが、近くにスーパーやコンビニ、薬局などもあります。車で30分も走れば大体の買い物には困りません。ただ、移動手段が車に限られるので、公共交通機関の便は悪いかもしれませんね。
会社員時代よりも自由に使える時間が増えたので、休日には少し遠出して、長野市までスポーツ観戦に行ったり、松本市の大型商業施設まで買い物に行ったりすることもあります」
コンビニでアルバイトも
仕事や普段の生活を通じて地元の人との関わりも増えた。そうした人との適度な距離感が心地良いという。
「熱海にいた時は、やはり観光地なので普段接するのは観光客の方が多くて、なかなか地元の方とコミュニケーションをとる時間がありませんでした。伊那市に来てからは、商店街の方やご近所さんとの付き合いが増えたことは良い変化だったなと思います。自治体の飲み会に声をかけてもらうこともあります。ガツガツと入り込んでもこないし、かといって放置もされ過ぎないところが気に入っています」
吉澤さんは移住してすぐにコンビニでのアルバイトを始め、今も協力隊の仕事と並行して続けているそうだ。そこでお客さんから話しかけられることも多い。
「田舎は都会と比べて、コミュニケーションに対するハードルが低いのかもしれませんね。コンビニでバイトを始めたのは、来たばかりの頃はまだ何をしたらいいのかわからなくて、時間を持て余してしまうことが多かったからです。コンビニなら地元の方とも関われるし、協力隊としての自分を知ってもらう機会にもなっています」
「城下町高遠コンシェルジュ」として活動
現在、吉澤さんが協力隊の活動の拠点としているのが伊那市東部に位置する高遠地区だ。
戦国時代から江戸時代にかけて高遠城を中心に城下町として栄えた地域で、その当時の面影は今なお町並みに色濃く残っている。高遠城址に広がる公園は桜の名所として名高く、一帯には約1,500本もの桜の木が植えられている。タカトオコヒガンサクラという固有種で、小ぶりながら赤みの強い花が特徴だ。毎年春には「高遠さくら祭り」が開催されるなど、花見の時期には多くの花見客で賑わう。
そんな歴史ある高遠地区での吉澤さんのミッションは「城下町高遠コンシェルジュ」だ。
「高遠地区が掲げるまちづくりの構想に『町まるごとホテル』というものがあります。これは、ホテルの持つさまざまな機能(お風呂、ご飯、お土産、宿泊など)を街中に点在させることで、訪れた人が自然と街を回遊できるようにする構想です。
私が伊那市に移住したのはちょうどコロナ禍の時期で、外部からお客さんを呼ぶのが難しい状況でした。そこで、まずは伊那市民に高遠の魅力を発信することにしました。伊那市は東西に広がっており、東から西の地区まで車で30~40分ほどかかります。市内には高遠に来たことがない人も多いと考え、市内の人々を対象にさまざまなイベントを企画・実施しました。
例えば、謎解き町歩きゲームや、高遠城址公園のさくら祭りや紅葉の時期に合わせたお散歩ラリーなどを開催しました」
ペットボトルのキャップを再利用した「石仏ガチャ」
高遠地区はほかにも、江戸時代を中心に「高遠石工」が活躍した場所でもある。彼らはその卓越した技術で全国に数多くの石仏をつくり、高遠地区には2,000基以上が残っているという。
そうした歴史に着目し、吉澤さんが発案したのが「石仏ガチャ」だ。
「石仏の魅力を全国に広めたい」との想いから伊那市の製造会社の協力のもとつくったという石仏ガチャは、高遠地区に実際にある石仏をかたどった小型フィギュアで、原材料にはペットボトルのキャップを再利用している。
「キャップは地元の小学校や企業に呼びかけて集めてもらいました。エコにもなるし、自分たちが集めたキャップが石仏ガチャという目に見える形に生まれ変わるのは、子供たちにとってとても嬉しい体験になるのではないかと思ったからです。テレビで取り上げていただいたことをきっかけに、長野県外からキャップを送ってくださる方もたくさんいました」
現時点で第3弾まで製作しており、名工とうたわれる守屋貞治が手がけた「大聖不動明王」「延命地蔵菩薩」「不空羂索観音」など、全部で11種類が揃う。ガチャは高遠の観光案内所に設置されている。
カプセル内には、石仏についての案内とGoogleマップと連動したQRコードも同封されている。それらを参考にしながら、実際に石仏を見に行くのも楽しみ方のひとつだ。
「観光案内所のすぐ近くにある建福地にも守屋貞治の手による石仏がたくさんあるので、ぜひ足を運んでみてほしいです。実物と一緒に見比べてもらうことで、よりリアルさを感じてもらえると思います。
ちなみに、私のお気に入りは双体道祖神です。集落の入口にあり、子孫繁栄や無病息災といった願いが込められているそうです。二体のお地蔵さまが手をつないでいる姿がとても可愛いんですよ」
さくら祭りの「武将じゃんけん」も大好評
石仏ガチャのほかにも、最近、新しくつくったのがビックリマンシールならぬ「ビックリ石仏シール」。今年(2024年)4月の高遠さくら祭りに合わせて5,000枚を用意した。
「イベントのひとつとして、武将とのじゃんけんで勝った人にそのステッカーを配るという企画を立てました。
高遠城は、高遠城の戦い(武田信玄の五男・二科盛信と織田信長の勢力が戦い、武田氏が滅びるきっかけとなった戦い)の舞台となった場所です。昨年の紅葉祭りの際には、劇団の方たちが扮した武将隊によるショート劇がとても好評でした。さくら祭りにも再び武将隊が登場することになり、コラボ企画として『武将とじゃんけん』を考えました。ゲーム感覚で楽しんでもらうことで、高遠城の戦いや高遠石工という歴史をより身近に感じてもらえたらという想いでした」
イベントは吉澤さんの想像をはるかに上回る盛り上がりだったそうだ。
「正直、あそこまでになるとは思っていませんでした。朝10時から出陣と告知していたのですが、休日ということもあって、8時半くらいから待っている方がいました。イベントが始まってからもじゃんけんの行列がずらっと伸び、中には3人の武将すべてとじゃんけんした!という方もいました。ステッカーは最終的に200枚くらいしか余らず、本当に想定外でした(笑)。
子供たちだけじゃなく、おじいちゃんやおばあちゃん含め、大人たちも楽しそうにじゃんけんをしていたのが嬉しかったですね。企画して本当に良かったなと思っています」
自分が「ワクワク」できる選択を
吉澤さんの協力隊としての任期は残り1年。今後の活動予定についても伺った。
「『町まるごとホテル』に関して、これまでなかなか思うように動けていなかった部分があるので、今年一年はそれをメインに取り組んでいきたいと思っています。例えば最近、商店街に新しくゲストハウスができたので、そこに宿泊した人がいろいろな店舗を散策してもらえるような仕掛けがつくれないかなということを考えています。
卒隊したあとのことはまだ具体的には考えていませんが、これまでずっとやってきた観光の視点で、地域の人たちと一緒に進めるまちづくりというものには何かしらの形で関わり続けたいと思っています」
最後に、地方移住を検討している方に向けてメッセージをいただいた。
「移住しようかどうか悩んだ時は、自分が地方に移住した時の姿を想像して、今置かれている状況とどちらの方が『楽しいか』という視点で考えるのが一番良いのではないかなと思います。私もそうやって協力隊になることを決めたので、自分がワクワクする、楽しいと思える選択をしてほしいです!
市役所の移住相談課などに相談して、地域の方と実際に話す機会を作ってもらったりする方法もありますし、勢いで行ける!と思ったら、その直感を信じて来てみるのも良いと思います。いろいろなギャップは感じるかもしれませんが、その土地を楽しむ方法が見つかればきっと良い方向に進むはずです」
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飾らない言葉で自分の想いをまっすぐに話してくれた吉澤さん。地域の魅力や課題を深く掘り下げ、そこに「ワクワク」を生み出そうと取り組む姿がとても印象的だった。石仏ガチャをまわすことを目的に伊那市を訪れてみるのもとても楽しそうだ。