移住者プロフィール
藤谷周平さん
出身地:北海道札幌市、前住所:東京都、現住所:北海道八雲町、職業:地域おこし協力隊
目次
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まちづくりに興味を持ったきっかけ
藤谷さんが地域に密着した働き方に興味を持つようになったのは、大学のゼミで行ったフィールドワークがきっかけだった。
織物で知られる群馬県桐生市にて、地域住民へのインタビューや地域行事への参加、さらには空き店舗を利用した期間限定店舗の運営など、さまざまな経験を通して、地域の可能性やまちづくりの魅力に気づいていった。
「地域おこし協力隊」という制度を知ったのも大学時代だった。
「『こんな働き方もあるのか』と興味を持ったものの、当時は制度ができてまだ5~6年目で、先行事例が少なく、大学卒業後すぐに自分が活躍できるイメージが湧きませんでした。社会人経験をある程度積んでからのほうがいいのではと思い、東京の一般企業に就職しました」
いろいろな人と関わる機会の多い営業職を選び、1社目は人材育成業界で営業代行の業務に従事し、2社目は医療業界のベンチャー企業で働いた。
その間も、将来的にまちづくりに関わりたいという思いは抱き続けていた。
コロナ禍を経て八雲町に移住
転機となったのは、コロナ禍による働き方の変化であった。リモートワークが始まり、突然、東京の狭いワンルームが仕事場になった。
「仕事とプライベートのオンオフを切り替えられないことが息苦しく、東京での暮らしを窮屈に感じるようになりました。リモートであればどこでも仕事ができるので、東京に居続ける必要はないのではないかと考えるようになったんです」
いずれは北海道にUターンしたいと考えていた藤谷さんは、このタイミングでその思いを実行に移すことを決意する。
「戻るのならまちづくりや地域に関わる仕事をしよう」
と働き口を探し始めた。
「当時はいち早く北海道に戻りたいという気持ちが強く、住む場所に対するこだわりはそれほどありませんでした。何となく、移住先は実家がある札幌以外をイメージしていて。ネットで求人を検索したり、地方移住フェアやふるさと回帰支援センターに足を運んだりして移住先を探す中で、見つけたのが八雲町の地域おこし協力隊でした」
そのミッションは、廃校を活用した「ペコレラ学舎」の運営。校舎をコワーキングスペースに、グラウンドをキャンプ場へと再生させるというプロジェクトで、立ち上げの段階から関れることに大きな魅力を感じたという。
「すぐに応募したところ合格をいただきました。これも縁だと思い、移住を決意しました」
こうして2021年12月、4年間暮らした東京を離れ、地域おこし協力隊として八雲町へと移住した。
自分の行動が変化に直結する地方の魅力
北海道八雲町は、渡島半島の北部に位置し、日本海と太平洋の両方に面する全国で唯一の自治体だ。函館市と室蘭市の中間にあり、札幌から函館へ向かう際には必ず通過する場所でもある。藤谷さんは子どもの頃、家族旅行で一度訪れたことがあった。
自然の恵みが豊富で、日本海側ではアワビやウニ、太平洋側ではホタテや鮭などの海産物が水揚げされる。また、「北海道の近代酪農発祥の地」として知られ、酪農も盛んに行われてきた。
「道南エリアでは函館に次ぐ中心的な自治体で、人口規模もそれなりに大きく、行政機関も集まっています。最近では、八雲発の事業が周辺地域に広がる動きも見られます」と藤谷さん。
実際に暮らしてみると、自然が身近にあり、ストレスが少ない環境だという。スーパーや病院など生活に必要な施設も整っており、日常生活で不便は感じない。それでいて、都会ほど規模が大きすぎない点も八雲町の魅力だという。
「東京では、自分の行動が大きな変化を生むのは難しいと感じていましたが、八雲町では自分の仕事が地域に与える影響が大きく、組織や地域の変化も見えやすいです」
体験プログラムで農家のリアルを伝える
藤谷さんが協力隊として運営を任された「ぺコレラ学舎」は、もともと、コロナ禍で密を避けた交流の場が求められる中で、その構想が生まれた施設だ。インバウンド客を主要ターゲットにしていた街中のゲストハウスが経営難に直面する中、旅行者ではなく、リモートワーカーや地域に興味のある若い世代を呼び込めないかと考え、町の廃校を活用した場所づくりが始まったのだ。
着任した時、ぺコレラ学舎はオープンから約2カ月が経過していたが、認知度が課題であった。藤谷さんは前職の経験を活かし、ワーケーションに関心のある企業に営業をかけ、地元の農家や関係者と協力してイベントを企画。メディアやSNSを活用した発信で少しずつ認知度を向上させていった。
試行錯誤を重ね、事業内容も徐々に磨き上げていった。キャンプ場の運営を収益の柱とし、安定的に収入を得られる仕組みを確立することで、合宿や研修などの他の事業への投資を可能にした。特に力を入れているのは、農業や漁業、酪農といった一次産業を体験できるプログラムの充実だ。2024年夏には東京から7組の親子を受け入れた。
プログラムで大切にしているのは、一週間ほどの滞在を通して、農家のリアルな働き方や暮らしを体験してもらうことだという。
「例えば、酪農体験では、乳しぼりではなく、実際の酪農の生活リズムに合わせた作業を体験してもらうことに重点を置いています。搾乳は早朝と夕方に行われ、それ以外の時間に搾乳をすると牛に負担がかかるため、体験プログラムのために無理に調整することはありません。その代わり、牛の糞や草を掃除する作業など、地味な作業でありながら酪農に不可欠な作業を体験してもらうことにしています。
参加者の反応が心配でしたが、子どもたちからは『楽しい』や『もっとやりたい』という声が聞かれました。特別な体験を用意しなくても、自分なりに楽しさを見出してくれるんだということは大きな発見でしたね」
人との出会いが活動のやりがいに
地域おこし協力隊の活動の中で最もやりがいを感じるのは、人と人との出会いから生まれる"つながり”だという。
「ペコレラ学舎の活動に共感した人々が、町内外からボランティアとして集まっており、多様なバックグラウンドを持つ者同士が互いの経験を共有し合い、人生に役立てていく環境が整いつつあります」
この「ぺコラー」と呼ばれる仲間たちは、掃除や除雪、草刈りといった作業のほか、ホームページ制作やSNS運用などもサポートしてくれており、ペコレラ学舎の運営には欠かせない存在となっている。これまで全国から延べ300人が訪れ、その後もつながりを持ち続けている人たちがたくさんいる。
さらに、藤谷さんは2023年5月に「道南地域おこし協力隊ネットワーク」を立ち上げ、その代表も務めている。協力隊が卒隊後も地域に定住するためには、人脈づくりが重要だが、行政のサポートだけでは不十分な部分もある。協力隊同士が協力し合い、成功例や失敗例を共有することで活動しやすい環境を作ることが必要だと感じたという。
また、活動の一環として行っている「おむすびプロジェクト」では、協力隊が地元産の米や旬の食材を使っておむすびを作り、地域イベントで提供している。こうした活動を通じて地域住民と協力隊が交流する場を生み出し、地域の活性化にもつなげている。
八雲町から道南全体を盛り上げたい
藤谷さんの地域おこし協力隊としての任期はまもなく終了する。卒隊後は起業し、これまでの活動を継続する予定だ。
「八雲町を『何もない町』と言う人もいますが、ペコレラ学舎にこれまで300人もの意欲的な人々が集まり、少しずつ町に貢献できる事業が生まれていることは、とてもポジティブなことだと思います。そこには、観光だけでは生まれない価値があります。
今後は、地域おこし協力隊での経験を八雲に限らず、他の地域にも広めていきたいと考えています。行政区分にとらわれず、成功事例を共有し、助け合うことで道南全体の発展につなげていきたいです」
最後に、藤谷さんから地方移住を考える人に向けてメッセージをいただいた。
「人生の豊かさとは、自分が納得のいく決断や生き方を選び取れることだと思います。悩む時間も含めて豊かさの一部であり、考えながらも自分で決断できることは幸せだと思います。
地方移住にはさまざまな選択肢がありますが、最終的には自分がどう生きたいかをしっかりと問い、自分自身で決断することが大切ではないでしょうか。
地方移住に憧れがあっても、自己分析をする中で、都市部の方が自分の目指す暮らしに合うと気づくこともあるでしょう。八雲町のようにある程度の規模がある自治体もあれば、限界集落のような地域もあります。漠然としたイメージだけでなく、具体的に自分の移住先や暮らしを考えるプロセスを大切にして、ぜひ納得のいく選択をしてほしいです」
藤谷さん自身も、東京から出たいという衝動から北海道移住を決断したものの、時間をかけて自身の気持ちを吟味し、悩むことで納得のいく決断を下せたと振り返る。
悩むことは、自分の人生に真剣に向き合っている証。その気持ちを否定せず、大切にすることから次なる人生が拓けていくのかもしれない。