移住者プロフィール
鈴木 宏明さん
出身地:宮崎県椎葉村、現住所:宮崎県椎葉村、職業:(有)鈴木組3代目
チョウザメを養殖して「平家キャビア」というブランドを立ち上げた経緯は?
鈴木宏明さん(以下、鈴木):もともとチョウザメの養殖を始めたのは、父でした。養殖を始めた当初は、まだビジネス化できてなくて、養っているだけの状態でした。
そこをキャビアまで製品化して『平家キャビア』という名前で売ったのが僕です。大学卒業後は一般企業に就職しました。大学で学んだ情報システムの知識を活かし、ゆくゆくは東京でITでの起業を考えていました。今でこそ、椎葉に根ざす新規事業に取り組んでいますが、元は地元に戻ってくるつもりは全くありませんでした。
きっかけがあって椎葉に帰ってきて、チョウザメの養殖をし始めて、商品作りを始めてとやっていくうちに、だんだん楽しくなってきたのです。楽しくなってきたら、椎葉村も好きになってきました。それで最終的に、ここに住んでやっていくと決めました。
コロナ禍の影響はありましたか?
鈴木:コロナウイルスで大変なことはもちろんありました、どうやってキャビアを売るのかをいっぱい考えた結果、過去最高の売り上げとなり、より成長できました。
急成長の要因は、毎日のSNS発信と、イベントのファンの方たちのお陰です。今まで、来てくれた人がキャビアを試食できるような、実質お金にならないイベントをたくさんやってきたのですが、周りからは、「そういう人たちはお客さんにならない」と言われていました。でもコロナ禍になってキャビアを買ってくれたのは、そういった人たちでした。
結婚式場への納品がキャンセルになり、行き場を失った大量の在庫を抱えた時も、その状況をSNSに投稿したところたくさんの人が購入してくれて、追加で生産しないと追いつかないくらいになりました。
直接お金に結びつかないように見えても、消費者との関係を大切にすることや、こまめなSNSの発信を通して身近に感じてもらうことなど、そのような意識の積み重ねによって、自分の想像以上に応援者が増えていたのだということが目に見えた出来事でした。
どのような思いでチョウザメを養殖していますか
鈴木:チョウザメ養殖の目標は、「命のバトンを300年先までつないでいく」ということです。これは企業理念でもあります。人が100年生きるとして、自分、子ども、孫の3世代であれば、自分が影響を与えられる世代なのでイメージができますが、300年先の未来へ向けた思いがあります。
チョウザメはもともと絶滅危惧種で、その卵を食べることが、果たして良いことか悪いことか悩んだ時期もありました。
でも、天然よりもおいしいものを安い値段で提供できるようになれば、最終的に天然資源として回復してくると思っています。「レッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)の中でも一番絶滅の危険性が高い動物と言われているチョウザメが救われたら、他の動物もきっと救えると皆が思うし、実際にそうできると考えてます。そういう目的で「チョウザメをレッドリストから外す!」と言っています。
椎葉の特産品「ねむらせ豆腐」についてお聞かせください
鈴木:椎葉の特産品「ねむらせ豆腐」は、昨年、事業継承という形で私が引き継ぎました。本当にいい商品で、昔から地域に根付いた商品なのに、継承者がいないことでなくなってしまう商品があります。まずは椎葉村でなくなるものを、なくさないようにしたいです。
そうやって、少しずつ変えていきたいです。それは、企業としての成功だけを見ていては、決して生まれない思いです。椎葉にある良きものを、なくしたくない。自分にできることは何か。なくしたくない地域資源、地域の価値を前に、決してそれを他人事にはせずに真剣に考えていきたいと思っています。
椎葉で新たな事業を興すということについてどのようにお考えですか
鈴木:椎葉は、日本三大秘境ということもあり、やはり知名度がそれなりに高くて注目されやすいです。椎葉でちょっと面白いことをやると、すぐメディアが来て取り上げてくれるから、お得です。
普通だったら広告宣伝費を何十万、何百万とかけないとPRできないところを、タダでできてしまいます。それに、初めて椎葉に来る人は「こんなに山奥とは思いませんでした」とびっくりしてくれます。そこが好きですね。
椎葉村は、どこか突き抜けています。全国にある多くの山間地や田舎の中でも、ここまで「本当に山ばかり」の地域は、なかなかありません。
だからこそ、他との差別化ができて、注目を集めやすいというのは大きな強みだと思います。さらに、例えば東京で同じことをやっても、人口が多いので霞んでしまいますが、椎葉では同業者のライバルがいないから独壇場になれます。それで慢心せずにやっていけば、目立った上で実力が付いてくると思います。
小さいことからそういう『勝ち癖』を付けることは大事だと思いますし、そういったサイクルを自ら作りやすい環境にあると思います。私が所属する商工会の青年部では、勢いのある椎葉の若手事業者たちが切磋琢磨しながら、村を盛り上げています。これから椎葉で起業する人が増えるとおもしろいし、行政にはそういう人たちの背中を押してくれるようになってもらいたいです。
そうすれば、椎葉で仕事を興したいと思う人が増えていくと思います。1人で頑張るより、仲間がいた方が絶対にいい。それが1人、また1人と増えたらさらにいい。そこに行政のサポートも相まって、自ずと盛り上がっていく。そんな相乗効果が生まれることが理想的です。
椎葉村の人口は2千人、鹿は4千頭なので、鹿の村と言われますがチョウザメは1万尾いるので、チョウザメの村と覚えてください。宏明さんが得意とするピッチ(プレゼンテーション)の掴みは、なんともユーモアのあるこのフレーズから始まるそうです。ピッチの大会では、いつも椎葉村を紹介するところから。
「間違いなく村内で一番椎葉を紹介している」と自負する宏明さん。毎日続けているSNSでは、日々の仕事内容や、村についてのあれこれを発信しています。そんなSNSがきっかけで、実際に「椎葉に来たい」と言って足を運んでくれる人が、年間300人はいるそうです。
事業に乗り出す大きな一歩も、日々積み重ねる小さな努力も、惜しまないその姿勢。「チョウザメの村」と宏明さんが胸を張って紹介するように、椎葉村に新たな愛称を与えてくれる新たな起業家が、椎葉でまた生まれることを期待します。