移住者プロフィール
村田 陽二さん
移住時期
2021年2月
出身地:北海道帯広市、前住所:東京都、現住所:千葉県いすみ市、職業:ITコンサルティング会社「faag(ファーグ)」代表
目次
INDEX
リモートワークの導入を機に移住を決意
北海道で生まれ育った村田陽二さんは、大学卒業後、友人からの起業の声掛けを機に上京。IT企業の営業を始め、複数のベンチャー企業の役員を経たのち、2019年1月に起業し、品川区にオフィスを構えた。
順風満帆なキャリアを築いてきた村田さんが、なぜ、移住を考えるに至ったのだろうか。
「妻は島根県出身で、夫婦共にアウトドアが好きということもあり、元々、『いつかは移住したいね』と話していたんです。35歳になり、“ずっと企業のためにがむしゃらに働いてきたけど、今後は、もっと自分の好きなように生きてもいいのではないか”と悩み始め、2018年に会社員を辞めて、フリーランスになりました」
5年以内の移住の実現を目指し、今後の方向性をご夫婦で話し合っていた矢先、コロナ禍に突入する。
「移住を実現する上で、クリアしなければならなかった課題は、“仕事をどうするか”ということでした。その課題も、2020年の春にリモートワークに切り替わったことにより解決し、計画していたよりも早く、移住を実行することができました」
働き方改革が推進されていたものの、今ひとつ伸び悩んでいたリモートワーク。しかし、新型コロナウイルス感染拡大により、2020年4月に緊急事態宣言が発令されたことを受け、東京都の約半数の企業がリモートワークを導入。一時は70%まで導入率が上がった。リモートワークの定着により、「働き方の選択肢」が増え、若者を中心に、地方移住の流れが加速している。
決め手は立地と物件
移住に向けて本格的に動き出した村田さんご夫妻。「空き家バンク」を始め、「SUUMO(スーモ)」「HOME’S(ホームズ)」などの不動産ポータルサイトを駆使しながら情報収集に当たったというが、いすみ市を移住先に据える“決め手”はどこにあったのだろうか。
「リモートワークになったとはいえ、東京での仕事も持っていたので、条件は、“東京に通える距離”でした。それに加え、海、山、川もある。“いすみ市は最適だな”、と。何よりの決め手となったのは、『物件』ですね。本当は、色々な地域を周りながら、たくさんの物件を見ようと思っていたんですけど、『ここがいい!』と直感的に思ったので、即決しました(笑)。
元々古民家に憧れがあり、茅葺き屋根のこの物件は、本当に理想だったんです」
「住みたい田舎ランキング」6年連続首位
千葉県東部沿岸地帯のほぼ中央に位置し、房総半島の東方沿岸を流れる暖流(黒潮)の影響で、年間を通して暖かく、非常に暮らしやすいまちである、いすみ市。
宝島社発行『田舎暮らしの本』が毎年発表している、2022年1月に「住みたい田舎ランキング」をもって、『6年連続で首都圏エリア1位』を獲得した。「子育て世代」「シニア世代」「若者世代・単身者」で首位を獲得しており、その人気は世代を超える。
マリンスポーツに適した海、季節の移ろいを身近に感じられる里山、のどかな田園風景に恵まれながらも、JR特急わかしお号を利用すれば、最寄駅である「大原駅」から「東京駅」まで、およそ70分でアクセスが可能だ。
「豊かな自然」と「都会へのアクセスの良さ」を同時に持ち合わせていることも、いすみ市の人気の秘訣であろう。
また、子育て支援の充実化の一環として、中学生までの医療費助成を高校生(18歳の3月末まで)までに拡大。医療費の自己負担額は通院1回、入院1日につき300円だというのだから、子育て世代からの熱視線を集めていることにも納得だ。(詳しい要件は、いすみ市HP「子ども医療費助成制度」を確認のこと)
念願の移住
村田さんご夫妻がいすみ市への移住を果たしたのは、2021年2月のこと。いすみ市の「移住相談課」にコンタクトを取り、支援制度等を確認した上での移住だったというが、実際に利用した支援制度や補助金について尋ねると、「それが、一切受け取っていないんです」。と、意外な答えが返ってきた。
「東京からの移住者なので、2021年の4月1日以降に移住すれば、『移住支援金』をもらえることはわかっていました。でも、『もう引っ越しちゃえ!』ってなって(笑)。それは今でも、少しだけ後悔してます(笑)」
いかにして理想的な物件に出会い、はやる気持ちを抑えられないほど期待感に満ちた移住であったかが、このエピソードからも窺える。
憧れの古民家に移住
移住後、山中を放浪していた2匹の猫「タロ」「ヨル」を家族に迎え入れ、築100年の古民家で、「2人+2匹生活」を満喫しているという村田さん。
月1組から2組はゲストが訪れるというこだわりの邸宅は、バーカウンターを始め、キッチンカウンター、テレビ台、スピーカースタンド、玄関の上がり框(かまち)まで自作したというのだから、驚きだ。今後も、60平米ほどある物置を事務所兼サウナに改装し、仕事部屋を客室にすることを構想中なのだとか。
古民家での暮らしを存分に満喫している様子の村田さんだが、想定外な問題にも直面したという。
「1500平米もある広い土地なので、雑草が伸びるスピードがえげつないんです(笑)。前のオーナーが置いていってくれた、3台の芝刈り機があるのでなんとかなっていますが、夏の時期に3,4時間かけて芝刈りをしないといけないというのは、ある意味想定外でした(笑)。あとは、古民家って構造上隙間だらけなので、夏は涼しいんですけど、冬は寒い。冬が寒いのは想定内だったけど、想像以上でしたね。今後、薪ストーブもDIYで設置予定です」
これも田舎暮らしの「リアル」だ。
「挨拶」から縮まった距離
移住決定後、知り合いを介して、いすみ市の“先輩移住者”とのコミュニティを築くことができたというが、それでも、(コミュニティ外の)地域の方との“人間関係構築”には、懸念もあったという。
「こればかりは実際に暮らしてみないとわかりませんが、幸い、取り越し苦労に終わりました。引っ越しした時の挨拶回りはもちろんのこと、ご近所散歩で顔を合わせた時に『こんにちは!』と話しかけたり、そういう日常の“挨拶”から広がっていきました。
今日も家の前にトラックが止まって、何かと思ったら、『わらびとれたよ』って(笑)。まるでサブスクモデルみたいに、勝手に筍とか届くんですよ(笑)。めちゃくちゃいい人たちばかりです」
他にも、猟友会の方から“一頭丸ごと”お裾分けされた猪をご自身で捌いたという、驚きのエピソードを披露するなど、「いすみ暮らし」を心から楽しんでいる様子の村田さん。
「地域の方達から距離を縮めてくれた」
こう彼は語るが、臆せず自然体で地域に溶け込もうとする振る舞いが、地域の人々の“心”を自然と開かせたのではないだろうか。
“密度の濃い心地良い忙しさ”を愉しむ
移住の前後で、暮らしに変化はあったのだろうか。一日のスケジュールについて尋ねると、「ガラッと変わりました」。と、張りのある声が返ってきた。そして、こう続けた。
「東京にいた頃は、(コロナ前は)朝会社に行って、夜帰ってきて、酒飲んで、寝る。大体がそんな生活でした。今は、朝起きて、畑の水やりをして、ミーティングが早く終わった時は雑草を取ったり、また畑に行ったり。(自宅から)車で10分くらいのところに漁港があるので、仕事終わりにサッと行って、おにぎりを食べながら2時間くらい釣りをして、自宅で捌いて食卓に出す。こんな生活が今のルーティンになっています」
四六時中仕事のことを考え、ワーカホリックに陥っていたという東京での生活から一転、畑仕事、釣り、DIYという趣味と出会い、“密度の濃い時間”を送っているという村田さん。
「(生活することにおいては)むしろ忙しくなったのに、都会に比べ、穏やかな時間が流れているので、それさえも心地良いです」。
ハードワーカーだった奥様も近々退職を予定しており、ようやく時間に余裕ができるのだとか。「ハーブガーデン作りや籠作りに挑戦したい」と話している奥様と共に、“心地よい忙しさ”をいすみ市で紡いでいくことであろう。
ワークライフインテグレーションを実現
現在、ITコンサルティング会社「faag(ファーグ)」の代表を務める村田さん。フリーランスになって以降、コンサルティングという形で企業の仕事を委託されていたというが、業務範囲の拡大に伴い、人員増員の必要が出てきたことが“起業のきっかけ”になったのだとか。
居住地条件を設けていない「faag」では、現在、在籍する10名の社員全てがリモートワークを利用しており、ワーケーション(ワーク+バケーション)や副業も可能だ。滞りなく業務が遂行されてさえいれば、基本的に何の制約もないというが、それほど自由度の高い社風で、統率は取れるのだろうか。
「みんな真面目なので、自分の仕事をしっかりこなしてくれています。逆に、真面目すぎて有給を使ってくれないくらいなので、“しっかり休んでほしい”という意思表示のため、3日以上有給を取れば1日につき1万円を支給する制度を作ったくらいなんです」。
昨今、「仕事」と「家庭生活」の双方が相乗する存在となり、“公”と“私”が高め合うことを目的する、「ワークライフインテグレーション」が注目を集めている。その新しい概念を、代表である村田さん自らが実現していることが、社員の自立と活力を生み出す大きな一助になっているのかもしれない。
新たな挑戦
これから挑戦したいことについて尋ねると、いすみ市での実り豊かな暮らしに、更なる彩りを添えるべく、“新たな事業への挑戦”に舵を切ったことを教えてくれた。
「クラフトビール事業をスタートさせて、軌道に乗せることが今の目標です。そのために今、2軒目の古民家を色々と見ているところです。せっかくクラフトビールを作るなら、“ストーリー性”を持たせたいので、ボロボロの古民家を改装するところからYouTubeやSNSに開示していって、ちょっとずつブランドを上げて、販売にこぎつけることができたらいいですね」。
今後のビジョン
5年後、10年後は、どのようなビジョンを思い描いているのだろうか。
「(会社を)誰かに譲るのか畳むのか、具体的なことはまだわかりませんが、5年後は、会社をやめていたいですね。その後は、この地域の役に立つような仕事がしたいです」
いすみ市に“定住”する心づもりはあるのだろうか。
「10年後という話だったら、正直わからないです。当初、移住先の候補として四国も考えていたので、家のリフォームを楽しみながら、別の地域で暮らしているなんてこともあるかもしれません」
今後も、ライフプランに合わせて“暮らし方”を見直す可能性があることを示唆した村田さん。その際の選択肢に、「移住」が自然と出てくることが印象的だった。ひとえに、現在の暮らしが心地良く、いすみ市への移住が「成功体験」となったからこそだと、想像する。
目標を持って移住しないと不便さだけが見えてくる
スムーズに事が運び、まるで移住の“モデルケース”を拝見しているかのようであるが、事前リサーチを入念にし、ご夫婦で足並みを揃え、いすみ市での暮らしを明確に思い描いての移住だったからに他ならない。そんな村田さんに、移住を検討している方に向けて、メッセージをお願いした。
「結局どこに住んでいても、生活様式そのものは変わらないと思うので、“自分で生活を組み立てる”必要があると思います。明確な目標を持っていないと、不便なところだけが見えてきます。飲食店も色々と回りたいけどお店がない、とか、映画でも見に行こうと思っても近くにない、とか。そういう面ばかりを見ると、移住はマイナスに運ぶ気がしますね」。
最後に、「いすみ市に移住して良かったですか?」と、ストレートな質問を投げかけた。
返ってきた言葉は、「はい、よかったです」。の力強い一言。
その迷いのない声色に、いすみ暮らしの「幸福感」が全て込められているような気がした。