水産の知識で恩返しがしたい!42年ぶりに北海道紋別へ帰郷

体験談

紋別市鴻之舞出身の岩岸清志さん(72)は、道立水産試験場付属の専門学校を卒業後、水産会社勤務を経て、水産技術普及指導員として道内各地で活躍。漁師たちへの漁業指導にその半生を捧げてきました。「余生の棲家を求めて」このほど42年ぶりに、北海道函館市から故郷である北海道紋別市に居を構えることとなりました。「長い旅をしてきましたよ」と感慨深げに語る岩岸清志さんへお話を伺いました。

ご自身について教えてください

岩岸清志さん(以下、岩岸)佐呂間をはじめ、利尻島、根室管内別海町、日高管内浦河町など、道内の浜町にある指導所のほとんどを回りました。

また、1987年に(財)海外漁業協力財団の指導員として、米国アラスカ州にあるコディアック島にも派遣され、1年間現地人へのホタテ養殖指導も行いました。函館の水産技術普及指導所で定年を迎え、退官後も研究グループ指導などをしていましたが、昨年、42年ぶりに紋別へ戻ってきました。

移住のきっかけは何でしたか?

岩岸70を過ぎると生まれ育ったところに戻りたくなって…。終焉は故郷で迎えようと思ったんですよ。高校時代から普及員の定年退官まで、日本海、太平洋、オホーツク海と北海道を囲む3つの海を体験してきました。それぞれに特徴はあるけど、オホーツクはやっぱり独特です。

その理由は「海の色の濃さ」にあります。決して澄んだ色ではありませんが、これこそが“プランクトンの色”であり“生産力の証”です。職業柄、北海道中の魚を食べてきましたが、紋別の魚の味は格別です。

移住してやりたい事はありますか?

岩岸普及員時代は仕事の忙しさと転勤の多さから、本格的な趣味はありませんでしたが、今年は初めて家庭菜園に挑戦しました。知人や近所の人たちに教えを受けながら、キュウリやインゲン、ニンジンなどの野菜を育てました。

スーパーで売られているものと、形は若干違いますが、キュウリは十数本採れました。水産なら知っていますが、畑はまだまだ1年生ですから。

元気なうちはボランティアでも何でもやって、紋別に恩返しをしたいと思っています。構想にあるのは、若い漁業者と膝を付き合わせた懇談の場を設けることです。将来を背負って立つ連中に、私で何か役に立つことがあれば、後継者育成として取り組みたいです。

出典: 42年ぶりのUターン、 故郷で恩返しを

北海道

紋別市

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紋別市はオホーツク海沿岸の中央に位置し、地震や台風の影響をほとんど受けない安心して暮らせるまちです。夏は冷涼、冬も北海道の内陸部と比べると積雪量も少なく、極端に寒くなる日も多くありません。また、冬には流氷が訪れ、気温と海水温の温度差によって生じる四角い太陽が見られる神秘的な地域である一方、カニやホタテなど豊富な海産物にも恵まれ年間50万人の観光客が訪れる賑やかなまちです。

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