移住者プロフィール
行川大輝さん
出身地:神奈川県横浜市、前住所:東京都、現住所:兵庫県洲本市、職業:自営業
目次
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進学、就職…約30年を関東圏で過ごす
神奈川県横浜市出身の行川さんは、高校までを地元で過ごし、大学進学と共に上京。そのまま東京で就職した。
「小さい頃は冗談半分で『宇宙飛行士になりたい』とか言ってましたけど、実際は、とくに何がやりたいみたいなのはなかったんですよね。
高校はいわゆる進学校で、とにかく『良い大学へ行け』と。理系・文系選択のときに、正直どっちでも良かったんですけど、『文系は逃げだ』みたいな文化があって理系を選びました。でも冷静に考えてみると、物理とか興味なくて。それで、大学は経営システム工学科という理系の中でも一番文系っぽい分野を選びました」
大学に入ると、「次は就活だ」ということになる。人生は選択の連続だが、進むべき道についてあまり真剣に考えてこなかった自覚のあった行川さんは、インターンシップをしてみたり、スタートアップからの出資を受けて友人とビジネスに近いことにチャレンジしたりと、大学在学中から積極的に活動していたという。
いろいろと試す中でIT系の企業への就職を決め、コンサルタントという肩書きで働き始めた。その後、食品関係の仕事を経て、2020年にはフリーランスとして独立する。
「食品関係の仕事は、生産者支援の事業で、都内の高級レストランに質の良い野菜などをECサイト上で販売するような事業に携わりました。独立しようと思ったのは、正直、そのときの流れだったんですけど、転職を考えて知り合いに相談している中で、業務委託という形で(マーケティングの)案件をやらせてもらえることになって、それでフリーランスとしてやっていく形になったんです」
コロナ禍をきっかけに淡路島へ移住
そんな行川さんが移住を考えるようになったのは、コロナ禍がきっかけだった。
「コロナ禍でリモートワークが一般的になってきていたという状況がまずありました。僕は大学のときからずっと東京にいたので、東京近郊には行きたい場所もなくなっていて。当時、結婚を考え始めていた時期だったこともあり、いつまでも東京にいても家賃も高いし、一度、地方に住んでみないかという話を(妻と)して、それで移住を検討し始めたんです」
せっかく地方に行くなら家を建てたい。そう考えた行川さんは、まずは設計事務所に相談に行った。
「裸足で過ごせる家に憧れがありました。賃貸のフローリングの床って固いですけど、良い木材を使うとすごく柔らかい感じがするんですよね。こういう家に住みたいと。でもどこに住んだら良いんだろうと思って、話が合った設計事務所の方に『面白い場所ありますか?』と聞いてみたら、『淡路島にこないだ行ったけど良かったよ』と」
知り合いの方を紹介してもらった行川さんは、早速、淡路島へと足を運んだ。
「行ってみてまず感じたのが、淡路の人って良い人だなと。心に余裕があるというか、のんびりしている。いろいろな人を紹介してもらって話しをする中でそう感じるようになりました。当時、奥さんも僕も仕事が大変で心が荒んでたんですよね。フルーツや淡路ビーフ(淡路島で生まれ育った最高品質の但馬牛)など美味しいものがたくさんあるし、自然も豊か。すっかり淡路島が気に入って、一年後には移住を決めました」
こうして、30歳を目前に控えた2022年4月、行川さんは東京から淡路島へと移住した。
自然豊かな淡路島。関西圏へも好アクセス
瀬戸内海最大の島である淡路島。兵庫県に属し、淡路市・洲本市・南あわじ市の3市から成る。行川さんが移住した洲本市には、瀬戸内海の美しい海はもちろん、大阪湾や紀淡海峡を望める三熊山や神聖な気配を漂わせる鮎屋の滝など絶景スポットも数多い。
ほかにも、京都や大阪、岡山など、関西圏の各方面へのアクセスが良いことも魅力の一つだという。
「僕は旅行が好きなんですが、関東に30年近く暮らしていて、休みの日にちょっと遠出して出かけられるような場所で行きたい場所は少なくなってきていて。そういう意味で、関西には行きたい場所がたくさんあって、淡路島を拠点にすると行動範囲が広がったというのは移住してよかったことの一つですね」
しかしながら、移住した当初は、毎朝自転車で海に行き、ニワトリを飼い、野菜を育てて…と新しいライフスタイルにあれこれと思いを巡らせていたというが、実際に生活が始まってみると、東京にいた頃とそれほど過ごし方は変わっていないという。
「変化といえば、外食は減りましたね。基本スーパーで食材を買って料理したり、忙しいときは惣菜を買うこともありますが。あとは、車社会になったことでしょうか。そういう意味では、運動量は減りましたね……。毎日の歩数は東京にいた頃の半分くらいになりました」
と、移住生活のリアルを率直に話してくれた。
ごちそう缶詰『ShimaCan』を発売。食材の魅力を全国へ発信
行川さんが移住を決断した背景には働き方も関係していた。会社員時代を経て独立し、2021年に合同会社Go-Riverとして法人化。コロナ禍でテレワークが普及したこともあり、特定の場所に縛られることなく、地方に拠点を移すことができたのだ。
それまでは、マーケティング支援事業を中心に手がけてきたが、移住後、淡路島の食に魅了された行川さんが新たに始めたのが食品事業。移住者仲間と共同でごちそう缶詰『ShimaCan (シマカン)』を開発した。
「淡路島の特産品を生かし、日本だけでなく世界に発信できる事業を模索する中で、思いついたアイデアでした。ちょうど近所に小ロットで缶詰を作れる工場を見つけて、『これは作れということに違いない!』と。
東京にいた頃は、仕事が忙しかったり、キッチンも狭くて、食事にこだわるような余裕がありませんでした。必然的に外食やフードデリバリーに頼ることになりますが、割高感があったり、食事が届くまでに時間がかかったりする。都会にいながらも淡路島の豊かな食材を家で手軽に食べられたらどんなにいいだろうと思いました。そこで、温めるだけですぐに食べられるごちそう缶詰を作ることにしたんです」
メインの食材となる淡路牛やえびすもち豚、真鯛はすべて淡路島産を使用。レシピは淡路島でレストラン「ÉPiSPa(エピスパ)」を営むシェフ・鷲田晃大さん監修(@epi._.spa)して頂きました。
2023年5月にクラウドファンディング形式で販売すると、目標額をはるかに上回る金額を調達。公開翌日にはフード・グルメ部門1位を獲得するなど、大きな反響を呼んだ。
「味にはすごくこだわっていて自信はあったものの、実際販売するまではどのような反応になるかわかりませんでした。なので、購入してくださった方から『うまい!』とお声をいただいたときは、ほんとうに良かったと思いました」
現在は、『ShimaCan』のホームページから購入可能だ。
フルーツコンポートも商品化へ
『ShimaCan』のほかにもう一つ、商品化を進めているのが淡路島産のいちじくを使ったコンポートだ。
「ShimaCanはどちらかというとお惣菜なので、次はフルーツを使ったデザート缶詰を作ろうと。みかんの缶詰のシロップって、甘すぎてそのまま飲むことはできないですよね。かといって、捨てるのはもったいない。そこで、シロップまで楽しめる商品を作ることにしたんです。
フルーツは、初めて淡路島を訪れた時に食べて感動したいちじくを使うことにしました。淡路島はいちじくを育てている農家さんが多いんですよね。二、三年で大きくなるので新規就農の人が育てやすいというメリットがあるみたいで。生のいちじくって、東京ではほとんど食べたことなかったですけど、こっちで食べたらすごく美味しかったんです」
商品に使ういちじくを手配する際には、ちょっとしたハプニングがあった。商品づくりの当日、手違いで予定していたいちじくが手に入らなかったのだ。急遽、最寄りのスーパーで代わりのものを手に入れた。その生産者である生田ファームさん(@awaji_ikutamy)をSNSで探し当て、紆余曲折あった末、共に商品づくりをする運びとなったそうだ。
「基本、根性で何とかしてます(笑)。商品写真のカメラマンも、僕も一応カメラは持っているんですけど本業ではないので、どうしようかなと思ってSNSで探したんです。それで見つけた淡路島フォトグラファー こうさん(@awaji_camera)にお願いしました」
いちじく農家もカメラマンの方も淡路島への移住者だという。行川さんのようにSNSを通じて思い切ってコンタクトをとることで、移住者同士がつながり、協力し合えるネットワークが育まれていくのかもしれない。
商品を作り販売する人が足りていない現状を打開したい
移住して一年半が経ち、順調に事業を広げている行川さんに、今後の目標についても伺った。
「移住して感じたのは、地域の特産品の作り手はいるものの、それを商品にして販売する人が足りていないということ。生産者は作るだけで精一杯なんですよ。だから、僕はこうして商品を作っているわけですが、今後は、そういう事業をもっといろいろな場所でできるような会社にしていきたいなと思っています」
ほかにも働き方という点では、移住経験者だからこその視点で地方で暮らす選択肢を提案していきたいという思いもある。
「(コロナが落ち着いてきて)最近、テレワークの需要も減少傾向にありますが、それでも別に東京に固執する必要はないなということは、移住して改めて思ったことです。
いろいろな働き方ができるのに、謎のハードルがあってなかなか行動できないという現状がある気がして。話を聞いていると僕の周りにも移住に興味がある人はたくさんいるので、一度試してみてもらいたいという思いがあります。なので、まだ具体化はしていませんが、自治体のお試し移住以外にも何かできないかなということは考えていますね」
人生プランに応じた移住の準備を
とはいえ、地方での働き方の選択肢はまだまだ限られているのも現実だ。行川さんは地方移住を検討している人に向けて、次のようにアドバイスする。
「何とかなるでしょ、という軽い気持ちで移住するのは止めたほうがいいと思います。移住先で働くのか、オンラインで外の仕事をするのか、その辺はしっかり準備しておいた方がいいですね。
それから、これは淡路島特有かもしれませんが、やっぱり都会に比べると同世代の人と知り合う機会は減ります。もちろん、自分の人生プラン次第ですけど、もし将来的に結婚を考えているなら、都会とは全然勝手が違うということをイメージしておいたほうがいいかもしれません。
テレワークが今後さらに浸透していくのか、出社という従来の働き方へと立ち還っていくのか。社会全体としても、先を見通しにくい状態が続いている。不安定な時代だからこそ、自分がほんとうに望んでいる生活や働き方を改めて考えてみる。その先に地方移住が一つの選択肢として見えてくるのかもしれない。